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zoom RSS 不登校だったりひきこもり生活を続ける人たちへ 〜危機感と逃避先〜

<<   作成日時 : 2013/03/30 16:05   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

まだまだ十代や二十代前半で、仕事も学校もいかないで、ひきこもり生活を続けている人たちへエールを送りたいと思います。
僕もひきこもりでしたが、幸いな事にまだ早い段階で抜け出すことができました。
でも、実は危機意識を持っていながら、ひきこもり生活ができる状態に甘えてもいました。
いつかなんとかしなくちゃ、と思いつつも、ひきこもることの楽さを感じると、抜け出すための労力が非常に億劫になり、怖く感じてしまうものです。

だから、ずるずるとひきこもり生活が長引いてしまうのです。
それでも、当然のこと、なんとかしなくてはいけない、いつかは抜け出すことが必要だとは感じていることと思います。
しかし、二十代になると、そろそろやばい状況になってきます。
これは否が応でも、ひしひしと感じてしまいます。
その不安定な状態から抜け出すために、僕らは逃避先を見つけます。
それはゲームであったり、オタク趣味を持っている人はアニメとかそういう方向に行ったりします。
つらい現実から目を背けるために、ますますはまっていってしまう。
だけど、時間はどんどんその間も過ぎていきます。

その逃避ばっかりしている間に、同世代の人は、外で学校に行き、資格をとったり、アクティブな趣味を楽しんだり、仕事に励んでお金をもらったり、恋人とデートに出かけたり、旅行に行ったりして、人生の経験値を重ねていきます。
一番大切な吸収の時期に、大きな差がついてしまうんです。
一方僕らはなんにも経験ができていない。
コンプレックスも年々増していきます。
幸せそうにしている人を見ると、悔しくなったりムカムカしてしまいます。
だから、ますます逃避してしまう。

それで一生逃避できるならばそれも僕はいいと思います。
だけど、現実は非常に厳しいものです。
ひきこもりの時に養ってくれるのは親です。
親が健在の時はまだまだ食って行けますし、お小遣いももらえて、趣味に費やすことができます。
だけど、親が働けなくなって年金のみになったら、どうなるでしょうか?
そして、親が死んだら、だれが生活を見るのでしょうか?

その時に何にも自分に経験値が身についていない状態で、社会に出たとき、はっきり言って、末端の仕事しか出来ません。
いや末端の仕事は、当然つらい仕事が多いので、長続きしません。
ずっと逃避していきた人が耐えられるものではないんです。
だから、いまはまだ逃避してもいいかもしれないけれど、いつか自分の足で歩まなければいけないんです。
まだ若く引きこもっている人は、いまの時間を大切に使ってください。
その生活の中で必ず他の人では感じられない視点を得られるはずです。
時には疲れきった心と身体を休めることも必要でしょうが、逃避はしきれるものではないことだけはしっかい頭に入れておいたほうがいいと思います。
30代、40代で引きこもっていたら、もう立ち上がる体力も器量もないと思います。

それに若いうちはまだまだ猶予があります。
それを悪い解釈をすると、まだまだ引きこもれるととらえてしまいますが、違う視点から言えば、失敗をいくらでも出来るんです!
それで傷ついて立ち上がれなかったらどうしようとおもって行動をしない人がいます。
でも、必ず生きていたら傷つくことがあります。
でも猶予があるこの時期ならば、傷つくことは確かに大変だし、もう傷つきたくない気持ちはわかるんだけど、年齢を重ねた時の失敗の心の傷に比べれば、全然大したことがないです。
逆にとても貴重な人生経験になります。

親はいつか置います。死にます。
だから、いつひきこもりから抜け出すか?
それは今でしょ!としか言いようがありません。
これから、一年一年時間が過ぎていくにつれて、あらゆる面で猶予が急速になくなっていきます。

何も人と同じ事をしろと言っているのではなくて、人とずれた道に入り込んでしまったからこそ、人とは違う何かができるはずです。
決して普通になろうなんて思わないでください!
その時点で、あらゆるマイナス思考が忍び寄ってきます。
普通になっても、比べる人は、すでに経験の点で先にいっちゃってます。
だから、普通を目指すと一生普通になれません。
(この話は、こちらをよく読んだほうがいいと思います。岩波先生の言葉・講演集

不登校になって人生のレールから外れてしまったと思っても、それはただの幻想です。
逆に人とは違う道を歩まなければいけない、という運命の導きです。
そして、今まで失ったものを取り戻すには、人とは違う発想と視野を持っていなければいけません。
普通をやっていたら、一生普通以下になってしまいます。

人生は一度だけ、命も一つしかありません。
何のために生まれて生きているのか?
このままいって悔しくないのか?
逃避は必要なことだと思うけれど、いつか限界が来ることだけは覚えておいてください。
一生お金に余裕がある人であっても、心の貯金はありません。
それはどんどんすり減っていきます。
一生不安と嫉妬とイライラと怒りと恐怖といったマイナスの感情に支配されていくはめになります。

僕もずっとひきこもりを続けていたら、どんどんマイナス面に落ちていったと思います。
これは間違いありません。
厳しいことを書いていると感じるかもしれません。
だけど、心の傷を持っていない人が、上から目線で言うのではなくて、同じ経験と苦しい感情にとりつかれた僕が言うことなので、大目に見てください。
決して、心の傷や不安感を感じないで、説教的に書いているのじゃないんです。

何をするにしてもこれから不安感はついて回るでしょう。
だけど、それを受け入れて覚悟して立ち上がってください。
今やる勇気の量と、一年ご必要な勇気の量は雲泥の差があります。
それが5年、10年経ったら、とてもじゃないですが、並の勇気や覚悟の量では足りません。
それこそ、生きるか死ぬかぐらいの量が必要でしょう。
それをするくらいなら、必ず逃避することを選んじゃうはず。
で、一生末端以下で暮らすことになります。

人生は本当に一度こっきりです。
後悔のない人生にしましょう!

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