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みんなの「会話の格闘術」ブログ


大事なこと 不登校と神経症克服プログラムの岩波先生に教わったこと

2007/07/30 19:28
久々の更新となりました。

「人はどう生きるべきか」「人生にとって大事なことは何か」「何のために生まれてきたのか」
その意義を習ったことは大きかったと思います。(不登校/ひきこもり克服プログラム

生きる上で一番大切なことって、自分の生きている意義を悟ることだと思いました。
親は近視眼的に学校に通う、通わないという範囲でしか子供のことを見られませんでした(それもしょうがないことなんだけど)。
その視点が僕を追いつめ、また世の中の不登校児は余計学校に通いたくなくなるんです!
学校に行きさえすれば、世の中から後れをとらないぐらいしか思っていないし、他力本願ってものじゃないかな。

親が生き様、どう生きるべきかを教えてくれないで、むりやり自分の枠にはめて育てたから、僕は不登校にもなったし、ひきこもりにもなったし、神経症にもなったんです。
だからといって、親に憎しみとか恨みはもうありません。
あるとすれば、もうちょっとマシな育て方ぐらいは出来ただろうっていうとこぐらいですかね。
でも、親だけに責任転嫁するのもいけないですよね。
自分自身にもやっぱり問題はありました。

今は普通に親と接していますし、それに先生のところにつれて来てくれたのは親なんだから、結果オーライという感じです。
もし先生に会っていないと、「どう生きるべきか」を知らないまま平凡に暮らしていたか、心の悩みに押しつぶされていたに違いないです。
これを知ることは無かったんじゃないかな。
親はそういうことを教えたりしないし、学校の先生にしてもそこまで踏み込んでくれはしません。
昔、日本がどんどん伸びていった時代の教師は違っていたらしいですが、今はサラリーマンみたいになってしまったますね。
個性的な先生が排除されてしまう時代です。

遅れてしまったけれど、「どう生きるべきか」の僕なりの答えは、全力で生ききるってことです。
何でもチャレンジしてぶつかっていく、それが命を燃やすことができるし、充実した産まれてきて良かったんじゃないかと思える生き様だと思っています。

話を戻すと、僕が悩んでしまったのは僕本人の認知の歪みがあったのと、親の視野の狭い考え方という歪みが合わさったからでした。要するに、どうしても悩んでしまう考え方、ものごとのとらえ方しかできなかったんですね。
しっかりとした人生のラインを自分で引くことができず、導かれることもなく、周りの状況に振り回されて、ボロボロになってしまいました。
ひどくもろい精神構造をしてました。
コイが水面上にジャンプしただけで、怯えるくらいと言えば、どれだけ繊細で敏感でもろかったかわかるたとえだと思います。

それが岩波先生とカウンセリングを重ねるに従って、いかに非効率的な育てられ方をしてしまったのか
それをそのまま僕は受け取って、歪んだ考えのまま生きてしまったのか気づきました。直接先生が言ったわけじゃなく、そう僕が気づいたんです。
それは先生の深い考えがあって、そういうふうに気づくようにカウンセリングをしてくれたのかわかりません(そうだと胸を張って言えるんですが、先生から直接聞いた訳じゃないんで)

歪んだままの思考で生きるとどんなに不都合だったか、これからどれだけ惨めな思いをしてしまうのか悟ったとき、モチベーションが沸き立ちました。
プログラムで経験するトランス状態という意識が変容した状態のおかげもあると思いますが、ものすごくやる気に満ちあふれました。
無意識からの問題解決ができるプログラムなので、自分の思考の手が届かないところで自分を見つめ直すことができましたし、人生の意義というのも「感情レベル」で悟ることができました。
これは頭で作り上げたものじゃないので、しっかりと無意識に定着しやすかったです。

自信もついてきました。頭の表面でそれを「知って」も意味がない! 心から悟らないと駄目でした!
逆に言えば、悟ったり気づいた時の精神的な刺激が高く、感情が伴って感動できるほどだと、一気に症状も好転していくものだと思いました。
プログラムを進めるに連れて、親はもうノータッチでした。
先生に任せて、あとは僕の自主性にも来たいといったところでした。
最初は通いたくなかったのが正直でした(勝手に親が決めたわけで)
でも、人生って何があるかわからないですね。良い出会いもあります。
心の障害となっているものだけじゃなくて、このブログで良く書いているようにコミュニケーション術(会話の格闘術)について知ることができたことも大きかったです。
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人間関係を向上させる技術会得には? 人との接点が必要

2007/05/17 19:38
タイトル通り、実戦を経ないと、「会話の格闘術」は完全に体得できません。

ということは、実戦に立ち向かう勇気を育むのが必要になりました。
でも、覚悟が要ります。
だから、先生にモチベーションや目的意識を植え付けてもらって、さらに自分でそれを高めて、実戦に臨みました。

不思議と失敗したらどうしようという不安は少なかったです。
人慣れしていない僕でも、経験を少しずつ積み重ねていったら、人並みにすぐなれました。
それに会話の格闘術を教えてもらっているから、すぐ一般レベルは超えられたと思います。

そこで必要なことと言えば、まだ自分が足りないとおもうものが実戦でわかるんですね。
熱血に喋ればいいわけじゃないってわかり、今度はラフに喋った方がいいと気づきます。
ラフに言った方が、相手との風通しが良くなるんだなぁ、と体でわかったら、武器がまた一つ身に付いたと言うことになりますね。

先生の「会話の格闘術」プログラムに通ったら、すぐ僕が成長したと言うことがわかったそうです。そこを指摘されて、「さすが先生だなぁー、なんでもよくお見通しだ」と嬉しいやら驚いたやらで、参ってしまいました。
もっとモチベーションが湧いてきたのは言うまでもないです。

ずっと順調にいったわけじゃないです。数々の失敗がありました。でもへこたれない心はちゃんと自分の中に備わっていました。先生のおかげもあって、実戦を得て強くなるという決意がどんどん根本から身に付いていったんだと思います。

そして実戦で得た自信(それが少しばかりでも)は確実に自分の無意識に根付いているので、上達を実感できるようになりました。そこには理屈の世界では説明できない確かな「自信」でした。

僕を含めて、悩んできた人の一番いけないところは、理屈を並べて行動できないことだと思います。いやいや、行動しないためのいいわけで理屈をならべるんです。そんな人間を、他人は嫌います。僕はそんな自分が大嫌いだったし、そんな人間も大嫌いです。はっきりいって、低く見てしまいます。そんな人がかっこつけて、人からよく思われようなんて努力していても、鼻でせせら笑いたくなります。そんな人間が世の中にあふれかえっています。だから、そこを気づいてわかるだけでも、人間関係はかなり上達できますし、できました!

人を利用しましょう。僕たちが強くなるためのえさにすぎないと思いましょう。
ゲーム感覚でいいんで、その中で少しずつでいいから自信と実戦を積み重ねていきましょう。
ものすごく心強い先生がついていましたし、やるしかない!気持ちになれましたから。

ねこすけでした。偉そうに書きましたが、これって本当だと思います。頑張っている人はたぶん同調してくれると思います。頑張れない人や理屈人間が、「何を偉そうに!」と思ったり、鼻でせせら笑ったりすると思います。でも、そんな人間が一番軽蔑されて笑われているのは確かでしょう。

もうね、岩波先生の教え、コミュニケーション技術は役立ちまくりです(`_・)
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不登校の子供の視点から 親子関係

2007/05/14 18:14
不登校やひきこもりの子供の本音を、たぶんほとんどの親は気づかなかったり、知らないかもしれません。

もしそういう子供を抱えている親が見ていたら、押しつけはやめた方がいいと言いたいです。
ただダラケていたら、そこまでには絶対なっていません。
それに、僕が知る限り、かなりの確率で、私立中学を受験して頑張ってきた子供ばかりでした。
少なくとも勉強を頑張ろうとしてきた子供ばかりでした。
頑張っていたから、潰れたときの反動はすごいものがあるので、だらけではないです。
でも、無気力になります。
そして、殻に閉じこもります。
引き籠もらなきゃ、やってられないんです。
心を閉ざして、感情を押し殺して、やっと毎日が暮らせるわけです。
テレビゲームやネットゲームだけが唯一の気晴らしになります。
それを真っ向から否定されると、全存在を否定された気持ちで、抵抗したくなります。
だから、暴力をふるうようになる子供が出来てしまいます。

だいたい、子供の心が崩れてしまう原因は(責任とは書きません)、親の教育、しつけにあることが多いです。
そりゃぁ、愛があるから、そんなしつけをしてきたんだと思います。
でも、そんなしつけが悪いと、親が認めて欲しいんです。
お前が悪い、根性を見せろと言われたって、自分で勝手に子供をがんじがらめにして、心に抑圧をかけて、「さぁ、うごけ」「根性だ」「気合いだ」「学校行け!」といわれたところで、身動きできなくさせたのはお前だろうと、子供は思ってしまうわけです。
でも、依存できるのは親しかいないので、どうしようもないジレンマに陥ってしまいます。
親は悪者ではありませんが、決して味方ではありません。

もし子供が不登校やひきこもりだったら、まず子供だけの問題にしないで、そして自分のエゴだけで考えて動かないで、自分の教育はどうだったか、客観的に見つめて欲しいです。
そして、親自身、その親にどのように育てられてきたのか振り返って欲しいです。
親はその親の教育で、その子供の教育方針を知らず知らず決定すると言います。
それしか知らないからです。

もし何にも考えず、狭い視野から自分の子供を育て続けたら、子供に祖先何代分かのしわ寄せがドット来ます。
子供はいまも耐え続けているはずです。
もしそれが爆発したとき、悲惨なことになったら、もう取り返しはつかないです。
脅しじゃないです。

もちろん、子供にも責任はあります。それを認めた上で書いています。
自分が受け入れられたと感じたとき、すっごーくホッとできましたから。
だけど、表面的に言葉だけでそういっても、納得できないです。
子供と親の心の直接の触れ合い、恥も外聞もなく、生の感情の交流だけが、子供の心の殻を解きほぐすと思います。
親と子供が感情的に交流できてきたか。
愛はそこにちゃんと存在し、なおかつ相手に届いていたか。
相手の心に届かない愛ほど、親子関係に齟齬をきたす要因はないと思っています。
なぜなら、「これだけ愛情を注いでいるのに、何でわかってくれないんだ!」と言われても、実際子供に届いていなかったらそれは愛じゃありません。
ただの自己中心的で、自己愛にすぎません。

愛を相手に伝えるにはやっぱり感情の交流です。
僕は本当にそう思います。
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あらためて自己啓発の本を読んでみると・・・・

2006/08/14 15:16
先生のすばらしいところは、不登校とか心の悩み苦しみ脱却の力強いサポートの他に、自己啓発、能力開発部分、つまり僕が受けた武器としてのコミュニケーション能力(会話の格闘術)を教えることができるということです。

他の専門家の先生はせいぜい、薬を出すだけとか、悩みを聞くだけとか、積極的に引き上げてくれる人は全くいませんでした。だから一粒で二度おいしいといった感じです。仕事を持っている人にとっては、上司との関係向上、同僚の中でうち解けるようになること、営業交渉力のアップ、恋人の口どき方とかたくさんのことが学べました。
これがどんなに今の糧になっているかわかりません。

自己啓発の本にもそういうことが書いてありますが、なんでたくさん読んでも、もてるようにならないか? 
それが今日のテーマです。

例えば、もてる技術が書かれてある本を読んだら、読んだ人数分、ナンパの達人が生まれるかというと、そうじゃないですよね。
所詮知識は知識だということです。もし知識やノウハウに絶対の信頼を置いているなら、効率が悪くなると思います。
あくまで感覚として身につけたものの再確認に自己啓発本、ノウハウ本、マニュアル本を使うべきであって、そのためには傷つこうが、恥をかこうが、経験を積み重ねていく決意が必要になると思います。

やっぱり傷ついたり、恥をかくことに恐怖を覚えたり、立ち直れなくなったらどうしようなんて、行動ができなくなっちゃいますが、それなら一人でやるよりも、岩波先生のような達人のもとでやったほうが絶対いいです。

結局行動による経験の積み重ねがコミュニケーション能力を身につける一番近道ですが、どうしても傷つくのが怖いとか恥をかきたくないという人がいると思います。それで人間関係にへとへとに疲れ果てちゃったなんていう人もたくさんいると思いますし。だから、本にきれいに話す技術、人に変に思われない方法を求めてしまいますが、きれいにやる必要は絶対ありません! 営業をやっていても、きれいに話そうとする人ほど、成績が上がってません。しょせんつまらない人間だと取引先の人に思われてしまうだけに終わっています。

逆を考えればよくわかります。マニュアルに沿った話し方、きれいに流れるように話す人間よりも、言葉はつっかえつっかえだけど、商品が本当にいいんだ! とってもいい商品だから勝ってください! という熱意のほうが、商品を買いたくなりませんか? 
マニュアル人間はそれにつまらないです。本を読みまくると、マニュアル人間ができあがってしまうかもしれません。
ということは、やっぱり過度の知識への期待は、逆に魅力的な人間ではなくて、つまらない奴、評価が低い人間を作ってしまう危険性もあると思います。

もしいつまでも人間関係が向上しない! コミュニケーション能力にコンプレックスを感じているなら、そういった悪循環に陥っていることを疑ってみるといいかもしれません。
コミュニケーション能力の達人は本当の一握りしかいないのは、ありきたりのことをやっていないからということです。先生がそういっていましたが、ありきたりと定番では人間的魅力を損なってしまうということですね。
でも、きれいにありきたりで人と接したいとどうしても思ってしまうこと自体がコミュニケーションをそこなう原因だと思います。
そこから変えていかないと棺桶に入るときも劣等感を感じて生きてきたなんてことになると思います。
人間で人間は心を病むし、人間を攻略すれば人生は生きがいを持って走れるようになるし、この厄介な同族をどう料理するかが今後の僕の腕の見せ所です。
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