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みんなの「ねこすけ不登校体験談」ブログ


不登校だったりひきこもり生活を続ける人たちへ 〜危機感と逃避先〜

2013/03/30 16:05
まだまだ十代や二十代前半で、仕事も学校もいかないで、ひきこもり生活を続けている人たちへエールを送りたいと思います。
僕もひきこもりでしたが、幸いな事にまだ早い段階で抜け出すことができました。
でも、実は危機意識を持っていながら、ひきこもり生活ができる状態に甘えてもいました。
いつかなんとかしなくちゃ、と思いつつも、ひきこもることの楽さを感じると、抜け出すための労力が非常に億劫になり、怖く感じてしまうものです。

だから、ずるずるとひきこもり生活が長引いてしまうのです。
それでも、当然のこと、なんとかしなくてはいけない、いつかは抜け出すことが必要だとは感じていることと思います。
しかし、二十代になると、そろそろやばい状況になってきます。
これは否が応でも、ひしひしと感じてしまいます。
その不安定な状態から抜け出すために、僕らは逃避先を見つけます。
それはゲームであったり、オタク趣味を持っている人はアニメとかそういう方向に行ったりします。
つらい現実から目を背けるために、ますますはまっていってしまう。
だけど、時間はどんどんその間も過ぎていきます。

その逃避ばっかりしている間に、同世代の人は、外で学校に行き、資格をとったり、アクティブな趣味を楽しんだり、仕事に励んでお金をもらったり、恋人とデートに出かけたり、旅行に行ったりして、人生の経験値を重ねていきます。
一番大切な吸収の時期に、大きな差がついてしまうんです。
一方僕らはなんにも経験ができていない。
コンプレックスも年々増していきます。
幸せそうにしている人を見ると、悔しくなったりムカムカしてしまいます。
だから、ますます逃避してしまう。

それで一生逃避できるならばそれも僕はいいと思います。
だけど、現実は非常に厳しいものです。
ひきこもりの時に養ってくれるのは親です。
親が健在の時はまだまだ食って行けますし、お小遣いももらえて、趣味に費やすことができます。
だけど、親が働けなくなって年金のみになったら、どうなるでしょうか?
そして、親が死んだら、だれが生活を見るのでしょうか?

その時に何にも自分に経験値が身についていない状態で、社会に出たとき、はっきり言って、末端の仕事しか出来ません。
いや末端の仕事は、当然つらい仕事が多いので、長続きしません。
ずっと逃避していきた人が耐えられるものではないんです。
だから、いまはまだ逃避してもいいかもしれないけれど、いつか自分の足で歩まなければいけないんです。
まだ若く引きこもっている人は、いまの時間を大切に使ってください。
その生活の中で必ず他の人では感じられない視点を得られるはずです。
時には疲れきった心と身体を休めることも必要でしょうが、逃避はしきれるものではないことだけはしっかい頭に入れておいたほうがいいと思います。
30代、40代で引きこもっていたら、もう立ち上がる体力も器量もないと思います。

それに若いうちはまだまだ猶予があります。
それを悪い解釈をすると、まだまだ引きこもれるととらえてしまいますが、違う視点から言えば、失敗をいくらでも出来るんです!
それで傷ついて立ち上がれなかったらどうしようとおもって行動をしない人がいます。
でも、必ず生きていたら傷つくことがあります。
でも猶予があるこの時期ならば、傷つくことは確かに大変だし、もう傷つきたくない気持ちはわかるんだけど、年齢を重ねた時の失敗の心の傷に比べれば、全然大したことがないです。
逆にとても貴重な人生経験になります。

親はいつか置います。死にます。
だから、いつひきこもりから抜け出すか?
それは今でしょ!としか言いようがありません。
これから、一年一年時間が過ぎていくにつれて、あらゆる面で猶予が急速になくなっていきます。

何も人と同じ事をしろと言っているのではなくて、人とずれた道に入り込んでしまったからこそ、人とは違う何かができるはずです。
決して普通になろうなんて思わないでください!
その時点で、あらゆるマイナス思考が忍び寄ってきます。
普通になっても、比べる人は、すでに経験の点で先にいっちゃってます。
だから、普通を目指すと一生普通になれません。
(この話は、こちらをよく読んだほうがいいと思います。岩波先生の言葉・講演集

不登校になって人生のレールから外れてしまったと思っても、それはただの幻想です。
逆に人とは違う道を歩まなければいけない、という運命の導きです。
そして、今まで失ったものを取り戻すには、人とは違う発想と視野を持っていなければいけません。
普通をやっていたら、一生普通以下になってしまいます。

人生は一度だけ、命も一つしかありません。
何のために生まれて生きているのか?
このままいって悔しくないのか?
逃避は必要なことだと思うけれど、いつか限界が来ることだけは覚えておいてください。
一生お金に余裕がある人であっても、心の貯金はありません。
それはどんどんすり減っていきます。
一生不安と嫉妬とイライラと怒りと恐怖といったマイナスの感情に支配されていくはめになります。

僕もずっとひきこもりを続けていたら、どんどんマイナス面に落ちていったと思います。
これは間違いありません。
厳しいことを書いていると感じるかもしれません。
だけど、心の傷を持っていない人が、上から目線で言うのではなくて、同じ経験と苦しい感情にとりつかれた僕が言うことなので、大目に見てください。
決して、心の傷や不安感を感じないで、説教的に書いているのじゃないんです。

何をするにしてもこれから不安感はついて回るでしょう。
だけど、それを受け入れて覚悟して立ち上がってください。
今やる勇気の量と、一年ご必要な勇気の量は雲泥の差があります。
それが5年、10年経ったら、とてもじゃないですが、並の勇気や覚悟の量では足りません。
それこそ、生きるか死ぬかぐらいの量が必要でしょう。
それをするくらいなら、必ず逃避することを選んじゃうはず。
で、一生末端以下で暮らすことになります。

人生は本当に一度こっきりです。
後悔のない人生にしましょう!
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不登校とひきこもり克服には、親が変わらないと子供は変わらない!!

2012/10/09 16:50
親御さんへ

自分を御座なりにして子供だけ変わって、不登校やひきこもりから脱出して欲しいと思っていませんか? 
不登校は子供が悪い、同級生が悪い、学校が悪い、担任の教師が悪い、と思っていませんか?
世の中で一番あらゆる影響を子供は親から受けています。

親が悪いから子供がこうなった、という意味で書いているのではありません。
でも、子供に変わって欲しいと思う心に、どこか一方的なものはないのかな、ということです。
一番の問題の責任者は子供本人です。
子供本人がやらなければ、なんにも始まりません。
それこそ岩波先生に相談をすることだって、子供がやる気を見せないと効果があがりませんから。

不登校は親の責任というわけではありません。
もともとの原因は学校でのトラブルや友達関係、いじめを含むクラスメートとのトラブルが多かったりします。
だけど、親はそういう難題に直面して抱えきれない問題を抱えている子供を知らず知らず追い詰めてしまっています。

誰もがなりたくて不登校になっているわけではなくて、もう瀬戸際に追い詰められて、苦渋の選択で不登校になり、家に閉じこもらざるを得なくなっています。
つまり、相当の自信喪失に子供はなってしまっているのです。
その子供に(それでも無理してがんばろうとしている)子供に、悪気はなくまたまったくその気はないとはいえ、追い詰めて、さらなる精神的抑圧を与えてしまって、ついには子供は逃げ場もなくなって、自分の殻という最後の逃げ場所に飛び込んでいきます。

そうなると、親から見ると、子供のただの我侭、甘え、としか映らないでしょう。
そうじゃなくて、そうならざるを得なかった上での、子供の防衛手段なんです!

実は言葉に出す出さない関わらず、子供は親に失望感を持ってしまっています。
その親に「変われ」と暗に意味されても、納得できません。
それでは自らの足で立ち上がろうという気力も削いでしまいます。

ですので、子供に変われと言う前に、親御さん自身が変わる意志を持たなくてはいけません。
それまでの親の態度があるからこそ、ますます問題が悪化してきた、この事実を重く受け止めて、これからは親自身が変わることを見せることで、または子供が感じることで、はじめて、子供も「変わらなくちゃ、なんとかしなくちゃ」と思い始めるのです。

僕の経験上、不登校の子供は重度の社会不安障害、学校恐怖症を除き、親が変わることで、はじめて子供も克服に向けて動き出し、社会に戻っていっています。
しかし、一方的な要求だと、ずっと親が死ぬまで、いや死んでからも逃げ続ける人生になってしまうでしょう。

本当に親が変化すると、子供の態度にも驚くべき変化が起きるはずです。
親もそのためにはぎりぎりの精神状態ではいけないと思います。
親が余裕があってどっしり構えているからこそ、子供は安心して歩み出せるんです。
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不登校の子供を抱える親御さん達へ

2010/10/22 21:53
親から見たら、もしかしたら登校拒否に子供がなってはじめて、問題が発生すると思っている人もいるかもしれません。
うすうすちょっと様子がおかしいな、元気がないなと思っているうちに、ある日を境に不登校になり、親も子供も処理しきれない問題に発展したと思っているかもしれません。

どちらにしても、不登校が始まった日から問題が始まったわけではなく、もっともっと前から、子供はたくさんのストレスや恐怖感、孤独と戦ってきたんです。
僕は不登校になるまで、えらくエネルギーを費やして、やっと学校に通っていました。
前にも書いたけど、僕もそうだったですけど、不登校になる子供のほとんどは「学校に行かなくちゃいけないのに、学校に行けない」という板挟みで苦しんでいるわけなんです。

何で自分だけこんなに生きにくい状態になってしまったんだろう・・・・と思いながらも、必死で自分に鞭を打って学校に行ってました。
たくさんのことを模索したり、あれこれ解決方法を考えたりしたけど、学校恐怖症、対人恐怖症といったものは解決できないものでした。
そういう神経症(あるいはうつ病)による不登校のケースは、みんな「学校に行かなくちゃいけない」と思ってきた人間です。
だから、耐えながら登校してきました。
これをわかって欲しいと思います。

中には怠けて甘えて不登校になっている奴もいるけれど、うつ病の問題と同じく、そういう非常に少数の人間を例に挙げて、不登校=怠けているというレッテルを貼ると、ずっと耐えて頑張ってきた子供の心の行き場はどこになってしまうんでしょう?
背負いきれないからこそ、ついに限界が来てしまって、ボッロボロに疲れ果ててしまうんです。
そりゃ、部屋に引きこもりたくなるし、何をするにしてもやる気が起きないし、そんな自分に嫌悪感を持ったり、不安でいたたまれなくなって、しかも孤独で耐えているんです。
一日中布団に入って寝ていたり、ゲーム三昧になって昼夜逆転をしているのも、耐えすぎたからこその反動です
(だからといって、それをずっとやり続けるのは経験上ダメだと言っておきます。不登校ということを受け入れてくれた親のためにも自分を律して生きることはすべきです)

あまりに緊張しすぎて、更に鞭打って緊張させて生きてきた上に、親や世間は「学校に行け!」と言い放ちます。
「気の持ちようでどうにでもなる」「もうちょっと頑張って学校に行って」「根性が足らんぞ!」と言われたって、これ以上どう頑張れば?
これはうつ病の構図と同じですね。
うつ病の方に「頑張れ」という無責任な人がいますが、ものすごく頑張ってきた人間に鞭を打つような言葉です。

不登校はうつ病以上にそういう意味では理解されにくいのかもしれませんね。
だって、不登校は症状名ではないですし、僕の場合は学校恐怖症、社会不安障害だからこそ、不登校になってしまったわけですからね。
どうか、親御さん達は、不登校になったその裏の原因を見逃さないでください。そして努力を必死で続けてきて、ついに限界が来てしまったことも認めてやってください。
認めず上から強引に「学校に行け」と言われると、「あんたに俺の心がわかってたまるかー!!」と殻に閉じこもってしまうんです。

親に心を閉ざすってことは、あらゆる人間にも防衛本能を働かせてしまいます。
無理矢理学校にその後に行って卒業できたとしても、その子供がどうなっていくか、僕は想像が容易につきます。
幸せな人生になることはありえないでしょう。
宝くじに当たったとしてもです。
心の傷や問題は、決してお金では埋め合わせできないものです。
埋め合わせができない大きなおぞましい穴を一生抱えて生きることほど、悲惨なことはないと思います。

子供はそれまでかなり頑張ってきたはずです。
親は「それでも俺は乗り越えてきた。だからお前もできる」なんて言う人もいそうですが、親の頑張り以上に神経をボロボロにしながら頑張ってきた結果が、不登校です。
まずはその頑張りを受け入れて欲しかったです。認めて欲しかったです。
そうしたら、必要以上の否定的な感情を自分に対して、親に対して持てなかったはずです。
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不登校になる中学生 その時、精神的な危機が襲う

2009/08/26 20:14
中学生というと、大人と子供のはざまで、とっても中途半端。
自意識が芽生え、子供の時の快活さも消える人も多いですね。
勉強についていけなくなって、学校がつまらなくなったり、人間関係で本格的につまづく時期でもありますよね。

僕、ねこすけも中学3年の時に不登校になりました。
ほんとうに中学生というのは心の危機にもろい年代ですよね。
中学一年生の時よりも二年生、二年生よりも三年生のほうが自意識が発達するだけ厄介かも・・・・

でも、心の危機なんか高校生でも大学生でも社会人でも中年、老年になってもあるけれど、
いかんせん中学生は経験がないから、危機に直面した時脆く崩れてしまうのです!
ここで大人が支えてくれると立ち直りも早いと思うんです。
僕が頼れる「大人」に出会ったのもかなり後年になってからです。

そんな都合良く正義の味方参上!なんていかないのが世の中ってもんです。
親は親だからこそ子供の心を知らず知らず踏みにじっているし、わかっているつもりがわかっていなかったり、
自分の子供だから見えなくなっているんですよね。
だからあんまりアテにできない。もし親がアテにできたら幸せです。
昔は教師も非常に優れている人がいたけれど、今はリスクを恐れるヘタレが多くなっているのが現実。

いったい中学生はどこまで漂流していくのでしょうか。
いつか無人島に流れ着くのではなく、立派な社会生活ができる大地を踏みしめて欲しいなぁー

僕の中学生時代はまさに精神的な危機でした。
不登校の中学生は、勉強が嫌っていうより、学校のシステムと人間関係、教師などの問題の方が大きい。
勉強ができなくても仲間がいれば学校通っていて楽しいだろうけど、人間関係がダメになるとすべてがつまらなくなっちゃう。
しまいには神経症になっちゃったし。
学校恐怖症でした。だから不登校になったのです。
中学生は何にも知らないくせに自意識だけは繊細に育ってしまうから一番厄介だと思います。

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親と子供の乖離(不登校・引きこもり) 心理セラピー、カウンセリングを受ける時。

2009/07/19 23:58
ねこすけです。

僕は最終的に岩波先生の心理プログラム(心理療法)を受けて、壁を乗り越えられました。
親が紹介してくれたことがきっかけだったけれど、もし心理セラピーやカウンセリングというものに
僕が強い拒否反応を示していたら、おそらく通ってなかったかもしれないです。。。
実際すごく気が進みませんでしたし。
受ける前から何がわかるんだと、岩波先生のプログラムを受けた人に怒られるかもしれないけれど、何をするにしたって億劫でしたね。

親は子供が立ち直ってもらいたいと強く願う。でも子供はその親の気持ちがありがた迷惑。
じゃまくさい、うざい、消えろと思っちゃう。
うーん、難しい問題です。
まして、ひきこもりが続いている子供が外に出て何かをやるってことは相当覚悟が無くちゃダメです。

心理セラピーは実際に受ける人間がやる気を持っていないと先に進めません。
心理カウンセリングもそうです。
病院治療もそうですね。薬をもらっても、実際に僕が飲むことを拒否したら、治療にもならないわけです。

不登校やひきこもり、ニートの時って、今も状況は良くないけれど、外に踏み出す苦痛に比べたら、引き籠もっていた方がいいと思ってます。
そこが自分の居場所だったけれど、そこをぶちこわしにされる恐怖感を子供は持ってます。
親が無理矢理学校に通わせようとしたり、どこそこのフリースクールに行けとか、カウンセリングを受けようという行為ですね。
自分の聖域を侵される恐怖感を持ってます。
嫌で嫌でたまらなかったです。
居場所を奪うな! 全身全霊反対しようと思ってました。

けど。。。親はなんとしてでも、子供が外に出て、学校に通って、社会に出てもらいたいわけです。
そうじゃないと心配でしょうがない。
世の中を見まわしたって、犯罪を犯している人は引きこもりだったり、無職だったり、ニートだったり。
やたら眼につきます。偏見もあるかもしれないけれど、当たっているところもあります。
無職じゃなくても、社会的なスキルや人間関係構築スキルが皆無なため、職を転々をしていたり、派遣切りにあったり、定職に就けない人の犯罪が多い(思いこみ含めてです)。
親からすると、それがすっごく恐怖なわけです。
まさか自分の子供が恐ろしいこと実行してしまったら、親としての立場も人格・人生までも全否定をされるぐらいだと思います。
世間体を特にきする親だとその緊張と不安がマックスに達します。

だから!
なんとしてでも、他の年代の子供と同じ道をとりあえず歩ませたい。
ドロップアウトさせたくないと思いこんでいる。
僕もその気持ち、よくわかります。
自分の子供にいろいろ思い描いていた夢が、厳しい現実の前に次々と潰えてしまってる。
子供からしちゃ、勝手にお前がそう思っているだけで、無理に俺に適用するなと反発するでしょう。
あんたの希望なんか知ったことか!なんて。
僕もそうでした。

子供からすると、精神的に腐っていくのは感じながらも、それが一番楽な道にも思えてしまう。
責任を持たず、荒波に揉まれないまま暮らし続けることはとりあえず楽です(以前のブログに書きました)。
ゲームやネットをしていりゃ、暇はつぶせるし、楽しいし、熱中できるときもある。
その安楽な世界を親は土足で踏みにじって、無理矢理学校やカウンセリングなんかに連れて行こうとするから、
子供は反発を感じます。

素直な子供は親の言うことに聞くかもしれないけど、そもそも不登校やひきこもりになっている子供は
親に対していろいろなしがらみや怒りや反発を何かしら感じてます。
それを無理矢理カウンセリングに連れて行こうとすると、絶対親子の感情に乖離が生じます

僕は昔の経験からそれがよーくわかります。
だから、不登校解決、引きこもり解決は難しいのは、親がその気でも子供は反発するという構図だと思います。

親から見たら、怠け者の臆病者でそのくせ我が儘者で独裁者でもある子供をどうにかしたいけれど、カウンセリングや心理セラピーは当人のやる気があるかどうかによって効果が違ってくるんです。
あ、独裁者と書いたけれど、自分の居場所を守るために独裁者的なワガママを貫いてしまうと言う意味です。
本当は恐怖と不安で溜まらない独裁者なんだけど。

本人が無理して学校に通ったり、会社に出勤している時、心の悩みや神経症があったならば、苦しい状態を打破するために、自分の意志でカウンセリングやセラピーを受けようとします。
でも、引き籠もったり不登校の時は、とりあえず逃げ場所があるから、自ら現状を打破しようなんて思わない。
一番の楽な道なんだから。
甘えといっちゃ甘えなんです。
精神的に腐りきっていると言えばその通り。
反論できません。
(そこがコンプレックスになって、よけい世の中に出るのが怖くなるんだけど。。。)

不登校や引きこもりって、親と子の心理的な乖離は厄介な問題ですよね。
んじゃ、子供の逃げ場をなくそうとします。
でも、場合によっちゃ、子供はすごく心が荒れたり、家庭内暴力に訴えたりするかも。。。
それが恐怖で親は子供に強く言えない。
家の中にドラクエに出てくる爆弾岩が転がっているようなもんですね。
いつ爆発するかわからない恐怖。

画像


親としては心労が絶えません。
最近、どちらの立場もわかってきているから、両方の心境を書いてみました。

僕はすんなり親のすすめたセラピーを受けることができた方だと思います。
それでも嫌で溜まらなかったから、他は推して測るべしでしょう。。。。
それが今につながっているから、本当に良かった。
不登校の子供は自信を失っているけれど、自信はやっぱり外で行動することでしか得られないと思います。
僕が自信がまがりなりにも持てたのも、岩波先生のおかげもあるけれど、揉まれたことでの自信が大きいです。
時間が問題を解決することが難しいのは、それだけじゃ自信を得られないからです。
どこかで自分で踏み出さなければいけない、殻を破らなきゃいけない、その決心がないと一生マイナーなまま底辺の精神状態で行き続けなくちゃいけない。

もし今不登校とかひきこもりで苦しんでいる人がいるならば、やっぱりどこかで一歩を踏み出す勇気を持って欲しいと思います。
親の夢とか考えとか希望とか関係なしに、自分自身問題としてとらえて欲しいと思っています。
今は逃げ場があるけれど、居場所的にも時間的にも精神的にも逃げられなくなる時が来ます。
その前に抜け出して下さい。
ちょっとの勇気があればいいんだから。
そして、親の思惑なんかうっちゃって、自分の生きたいように生きた方がいいと思う。


同じ精神状態を経験したねこすけの思いを書きつづってみました。
親の立場でも子供の立場でも、このブログを読んで少しでもお互いの気持ちがわかってくれたらいいなって思います。

思った以上に長くなってしまった。おつきあい下さりありがとうございました。
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学校恐怖症と登校拒否症 〜ただの不登校ではなく〜

2009/04/21 15:56
ねこすけです。

僕は言うまでもなく不登校でした。
現象としてはそうです。表面的に不登校児でした。

でも、本質の所は、社会不安障害、対人恐怖症による神経症的不登校だったのです。
もっといえば、学校恐怖症になってしまったから、不登校になっちゃったのです。

不登校になるには理由がありますよね。

勉強が嫌だ!
友達にいじめられた!
先生とうまくいかない! むかつく!
朝起きられない!
仲のよかった友達に裏切られた!
クラスメートのものを盗んだと疑われた!
学校に通う意義を見いだせない!

そして、神経症であるがゆえに学校恐怖症になってしまった
どうも親御さん達(保護者)は、表面的な不登校問題にとらわれている気がする。
学校に登校を再開させれば勝ちみたいな。

僕が前から言ってきたことだけど、学校に無理矢理通えても、次の高校や大学、社会に出ても大丈夫
だとは言えないのです。
不登校になる裏側には大きな大きな抜き差しならない精神的問題が絡んでいるのです!

不登校になった(その原因は何?)

→学校恐怖症だから(なんで学校恐怖症になってしまったの?)

→神経症的な理由があるから、つまり対人恐怖であったり、社会不安障害であるから。

不登校だった子供がまた学校に通い始めて解決したなんて喜べるのは、
神経症的不登校(学校恐怖症)ではない理由の不登校のケースだけです。

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自殺と子供の不登校、心の病との関連

2009/02/26 19:27
ちょっと衝撃的なタイトルを付けちゃいました。
なぜブログに書こうかと思ったかというと、つい最近、母親と話す機会があって、そのときなんと「自殺」というキーワードが出てきました。

なんでも僕が不登校で神経症で苦しんでいた時のことです。
母親は僕が自殺するのではないかとずっと心配して、心を痛めていたそうです。

こんな危うい昔話を話せる余裕が出たのも、僕が精神的に立ち直ることができたからこそでしょう。
もしまだ神経症で苦しんでいたら、「自殺」という話題も出なかったでしょう。
お互い「自殺」に恐れおののきながら、心配しながらも、その話題を避けていたと思います。

悩んでいたときは、「自殺」を常に考えていました。大げさな表現ではなく、「死にたい」と独り言を言っていたのを思い出しちゃうなー。
落ち込んでいたし、ままならない自分にイライラし、先も見えなかったから、いつか自殺するかもしれないと漠然と考えていました。
希死念慮というものですね。

実際あのまま苦しみ続けていたら、人生に絶望して、より身近な選択肢として「自殺」を考えていたでしょう。
硫化水素の自殺方法は当時知られていなかったので、漠然と飛び降りなんかいいかもと考えていました。
すっごい病的だったんだな、と今ブログを書いていて苦笑してます!

僕のような自殺予備軍はとっても多いと思います。
それが何らかのきっかけで一気に一線を越えてしまうのでしょう。
例えば80年代のアイドルだったという岡田有希子さんの飛び降り自殺で何人も死んだらしいし、
Xジャパンのhideのときも、後追い自殺の可能性をテレビでやっていたと思います。
いじめによる自殺がマスコミで大きく報道されると、絶対後追い自殺が出ます。
自殺にはとても勇気が必要なので、自殺予備軍の人は常に機会を待っているに違いないです!

僕は今死にたいとは思わないし、生きてやる、いっぱいいっぱい感動したいと思っています。
どんなことにもチャレンジして自分をぶつけていきたい気持でいっぱいです。
前向きになっているし、だから母親も昔そう考えていたと言うことを僕に話したんだと思う。

僕も「やっぱり自殺を考えてた」と母親に言いました。
「やっぱり・・・・」母親は言葉に詰まっていました。
そんな深刻などんよりした空気ではなかったですが、文字におこすとこんな感じでした。

家族が自殺してしまうことの恐怖は、とくに親の立場にいる人は持っていると思います。(メンタル的な悩みを持っている子供の親の場合)
母親も僕のことが気が気でなかったのは想像に難くありません。
薬の副作用で突発的に自殺してしまう人もいるとかいないとか。

実は当時、自殺して親を困らせてやろうとおもったこともあります。
逆に自殺して親を哀しませたくないとも考えてました。
これが一番大きかったので、自殺行為に走ることは結局なかったし、だからこそ親の薦めで岩波先生にも出会えて、メンタルの悩みを解決できた。
そんなわけだから、いま希死念慮、自殺願望を持っている人は、もう少し待った方がいいと思う。
死ぬ勇気があれば、生きる勇気をもうちょっと出して待ってみようよ!

人は誰だっていつか死ぬわけですから。
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不登校でひきこもり中だと精神が腐っていく!

2008/02/13 15:55
ひきこもり生活って恐ろしいものですね。
精神が腐るなんて言葉は使いたくありませんが、実際そうでした。
腐っていく自分をわかっているんだけど、腐るまま任せてしまう。
じゃあ、それが楽かというと、つらいんですよね

勉強もしないで、何にも責任や義務を負うことなく、漠然と過ごしていると、どんな人間でも、心にもやもやが迫ってきます。
己を律する機会がなくなるって怖いことだと感じました。
不登校でも何でも、自分で己を律することができる人は良いと思います。
好きな道をどんどん突き進めばいいし、世間の目を気にする必要なんてないと思う。
だけど、僕の場合は腐っていく一方でした。

親って、そういうことが経験上よくわかっているから、なんとか腐る前に抜け出させようとする。
だけど、何にもしないのって、消極的な意味で一種楽なんですよね。
楽なんだけど、先がないのもよくわかっている。
心が鬱屈してくるから、これじゃダメだとわかっていても、行動を起こす方が
骨が折れると思ってしまう。
それなら今のままで良いやと感じて生きてました。

学校に通っていれば、何らかの責任感や義務感が課せられる。
それはきついけれど、腐らせないようにするには意義がある。
労働もそうでしたね。

学校生活になじめなければ、他の分野で行動を起こせばいいんだけど、
なかなか見つかりませんでした。
できれば、学校生活以外の価値を自分で見つけられればいいんだけど、
殻に閉じこもっちゃうと、何でも先延ばしにしたくなりました。
武器が何にもない自信のないお兄ちゃん(僕のこと)が一匹いただけでした。

いや〜親から見ると、それってすごく恐怖だと思う。
しっかり育てたいし、そうやって教育してきたのに、逆に過干渉になって
子供と心の溝を知らず知らず作ってしまう。
愛が別の形で子供を追いつめて、すべてがすれ違いになる。
腐る前に何とかしようと無理矢理尻をひっぱたいても、子供は反発する。
それでますます、親も不登校中の子供追いつめられていく。

でも、親が子供を何とかしようと尻をひっぱたいても、結局親の意向に沿った分野で
やらせようとするから、ますます子供は反発するんですね。
それなら、いっそのこと、子供の好きにやりたいようにさせるのも道だと思います。
僕は親がその道を最終的に許してくれたから、非常に楽になることができました。
いろんな意味で親子関係っていう呪縛は強いものですね。
愛情での結びつきなら良いけど、呪縛はもう嫌です。

話を元に戻すと不登校になっても自分の進むべき道をわかっているなら問題はないと思います。
ひきこもっていても、それが研究室に引きこもって、研究をこつこつと追い求めるならば、すごく意義深いこと。
そこまで行かなくても何かにチャレンジしていたら、すくなくとも腐らずに済むし。
(心が腐りきったら、もう生きている価値はないに等しいと思います)。

いくらひきこもりを続けていたって、そんな状況は本人だって好ましい状況だと思っていません。
自分がやりたいことを思う存分やらせてもらえれば、不登校中の本人だって、すこしは親の意向に沿わなくちゃと思う。
当人の心を汲まないで、親のエゴだけで、子供をどうにかするのは間違っている!
一歩引く勇気も必要になってくると思います。
一歩引いて、より大きな成果を上げれば最高じゃないですか。
僕の親が余裕を見せてくれて、その姿勢に変化してくれたからすごく助かった部分がありました。
そうしたら、すごく親に感謝する気持ちが芽生えてきました。
親も心配しているから立ち直ろうという前向きな気持も出てきました。
プログラムを通しての変化もありますし、親子関係の見直しも重要でした。

中には親のエゴで子供無視という事件があります。
それが一番出たのが、足立区梅田で起こった父親による家族への殺人(無理心中)だと思う。
子供を親の所有物だと思っている。
まったく子供の意向を汲んでいない。
ひどい事件だと思います。
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不登校の子供の視点から 親子関係

2007/05/14 18:14
不登校やひきこもりの子供の本音を、たぶんほとんどの親は気づかなかったり、知らないかもしれません。

もしそういう子供を抱えている親が見ていたら、押しつけはやめた方がいいと言いたいです。
ただダラケていたら、そこまでには絶対なっていません。
それに、僕が知る限り、かなりの確率で、私立中学を受験して頑張ってきた子供ばかりでした。
少なくとも勉強を頑張ろうとしてきた子供ばかりでした。
頑張っていたから、潰れたときの反動はすごいものがあるので、だらけではないです。
でも、無気力になります。
そして、殻に閉じこもります。
引き籠もらなきゃ、やってられないんです。
心を閉ざして、感情を押し殺して、やっと毎日が暮らせるわけです。
テレビゲームやネットゲームだけが唯一の気晴らしになります。
それを真っ向から否定されると、全存在を否定された気持ちで、抵抗したくなります。
だから、暴力をふるうようになる子供が出来てしまいます。

だいたい、子供の心が崩れてしまう原因は(責任とは書きません)、親の教育、しつけにあることが多いです。
そりゃぁ、愛があるから、そんなしつけをしてきたんだと思います。
でも、そんなしつけが悪いと、親が認めて欲しいんです。
お前が悪い、根性を見せろと言われたって、自分で勝手に子供をがんじがらめにして、心に抑圧をかけて、「さぁ、うごけ」「根性だ」「気合いだ」「学校行け!」といわれたところで、身動きできなくさせたのはお前だろうと、子供は思ってしまうわけです。
でも、依存できるのは親しかいないので、どうしようもないジレンマに陥ってしまいます。
親は悪者ではありませんが、決して味方ではありません。

もし子供が不登校やひきこもりだったら、まず子供だけの問題にしないで、そして自分のエゴだけで考えて動かないで、自分の教育はどうだったか、客観的に見つめて欲しいです。
そして、親自身、その親にどのように育てられてきたのか振り返って欲しいです。
親はその親の教育で、その子供の教育方針を知らず知らず決定すると言います。
それしか知らないからです。

もし何にも考えず、狭い視野から自分の子供を育て続けたら、子供に祖先何代分かのしわ寄せがドット来ます。
子供はいまも耐え続けているはずです。
もしそれが爆発したとき、悲惨なことになったら、もう取り返しはつかないです。
脅しじゃないです。

もちろん、子供にも責任はあります。それを認めた上で書いています。
自分が受け入れられたと感じたとき、すっごーくホッとできましたから。
だけど、表面的に言葉だけでそういっても、納得できないです。
子供と親の心の直接の触れ合い、恥も外聞もなく、生の感情の交流だけが、子供の心の殻を解きほぐすと思います。
親と子供が感情的に交流できてきたか。
愛はそこにちゃんと存在し、なおかつ相手に届いていたか。
相手の心に届かない愛ほど、親子関係に齟齬をきたす要因はないと思っています。
なぜなら、「これだけ愛情を注いでいるのに、何でわかってくれないんだ!」と言われても、実際子供に届いていなかったらそれは愛じゃありません。
ただの自己中心的で、自己愛にすぎません。

愛を相手に伝えるにはやっぱり感情の交流です。
僕は本当にそう思います。
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不登校からひきこもり生活へ 生きがいと自信喪失 不登校体験談(高校生)

2006/06/08 17:39
親と約束していた高校はちゃんといくという枷が僕の心を苦しめた。
わがままを言ったのだから、と僕なりに決心するところもあった。
このままじゃいけない気持は僕でもあった。
子供は子供なりに考えているもの
考えていても、得られる答えは鬱屈したものだけなんだけど。

学校に登校しなくちゃいけないという「いい子でいなければ!」という強迫観念は親から小さいときからすり込まれていたから、どんなにいやでも僕は無理矢理行かなくてはいけなかった。
そこは僕の弱さであり、もしかしたら強さの部分なのかも知れない
どちらにしても、自分で自分を追いつめる天才だった

私立だったから、一貫教育で同じ高校だった。
当然クラスメートの数人は中学の時と同じで、それがいやでたまらなかった。
クラスメートが僕のことを変な目で見ている気がした。
僕は重苦しい時間を感情を殺しながら過ぎゆくのを待っていた。
感情を殺す 抑圧する
これは悩む人に共通していることだと不登校克服でお世話になった岩波先生はいっていた。
後年、僕はその通りで、苦しい精神状態に至ったのも、心のはけ口を見いだせず、抑圧し続けたからだった。
だから元気が出ないし、何をしなくてもきつかった。
絶えず、劣等感と不安と恐怖が僕の心を苦しめ続けたのだった。
無意識がどうにもならなかった。抑圧し続けたものが無意識で暴れ回っていたのだ。

僕の心が折れるが先か、高校生活が終わるのを待つか、完全にドロップアウトしてしまうのか
中学の不登校と違って、今度の不登校は、人生廃業、劣等感の飛躍的増大直結への扉を開けることという予感がした。
それは的中した。
でも、目の前の苦しさに比べたら、それでもまだマシだと思った。
好きで不登校になるわけじゃないのです!
選択肢でどちらがマシかといったら、不登校しか選択肢がなかったのです!


また僕は高校で不登校になった。
親の反応は、あまりにも僕の元気の無さを見て、強く言えない状態だった。
それがうれしいようなうれしくないような
コンプレックスの固まりとなった僕にとって、フリースクール通いもいやだった。
誰も自分をわかってくれる気がしなかった。
ひきこもりになり、僕を慰めたのは、ネットゲームだった。
ネットゲームにだけは熱中できた。
でも、建設的な熱中ではなくて、逃避ゆえの熱中だったけど
一日中ゲームをやってしまった時の罪悪感はあったけれど、どうしてもそこに逃げてしまう。
いわゆる、ダメ人間に見られるような感じだった。
そんな自分に罪の意識を感じつつ、抑うつしたまま生き続けました。

外に出なくなると、次に家から出ることがとても恐怖になる。
いやいやでも家から出ることに慣れていたら、心もうつ状態にならなかっただろう。
でも、家からでなくなることが苦しいって、そうとういっちゃってたと思う。
人間はきついことでも、立ち向かっていかないといけないと今では思ってます。
逃避し続けると、とことん駄目人間になってしまうと経験上悟っています。
でも、どうにもならない状態でした。

僕自身のことだから言っちゃうけれど、駄目人間そのもののひきこもり生活だった。
でも、みんな自分のことを駄目人間だとわかっている。
ひきこもりをしている人は特にそうだと思う。
だから、人から駄目人間だと指摘されることがいやだし、すごく傷ついたから、親からそう言われたときは、けっこう荒れてしまった。

なんとかしなければと思いつつも17歳にあっという間になってしまった。
大検だけをとろうと思っていたけれど。
うちは教育の家系だったから、形式的に大学だけは出ておこうと思った。
あとは考えたくなかった。
社会なんて恐ろしかった。
学校以上に恐ろしいものだと。

ここまでが高校時代の不登校からひきこもり生活のことです。
コミュニケーション能力は破滅的になり、そもそもコミュニケーションがとれる相手がネットゲームの顔も名前も知らない人とだった。
コミュニケーション能力がないということは、仮にひきこもりから立ち直っても、人間関係が作れない。社会に出ても味気ないし、一人で出来る仕事なんかないから、惨めな思いと低所得のまま老人にならなくちゃいけない。
とても怖かった。
未来も夢も希望もない状態だったんです。
夢や希望は誰もが持っているわけではないけれど、そんなこと考えちゃいけないという考えにとらわれていました。
劣等感も積もり積もると、いい考えも抑圧してしまうものなんです。
だから、そんな精神状態の人間に頑張れとか気力を振り絞れといわれても、逆効果ですね。
僕が思いますに、そんな人間でも、気持ちをくんでくれる、わかってくれる存在だけは必要としてると思います。
心のどこかで、自分のことは誰にもわからないものなんだ、といじけていても、どこかでわかって欲しい、こんな僕を救って欲しい、と願っていました。
それだけが夢と希望だったといっていいですね。

人と話すことが怖くなり、対人恐怖症になり、視線も怖くなってしまった。悪化は止まるところを知らずに転げ落ちていったけれど、17歳がそのピークでした。
このままじゃだめだ、心理カウンセリングに通ったり、精神的な病みを治療しなくてはいけないかもと家族が思い始めました。
実際通ったあと、うちの母親が岩波先生の大評判を聞きつけて、自分に薦めてきました。
だから17歳は自分にとって、最悪と変化の年齢だったと思います。
当時はそんな先生だって他と同じと思っていたけれど。
何でもチャレンジしなくちゃわからないってことですね。

心の悩みは早いうちにといわれますが、10代で頼もしい存在に出会えたことは幸運だったと思います。
コミュニケーション能力をいち早く岩波先生のおかげで身につけることが出来たことは、悩んで得した一番のことでした。
人間関係には50にも60にもなったって、苦しめられますからね。
どの年齢になっても立場になっても、人間関係の向上や改善はこいねがうものです。

一応、僕ねこすけの不登校原因ルーツ分析はこんなところです。
以上が中学不登校〜高校不登校〜ひきこもり体験談でした

まとめると↓です。
ねこすけ不登校原因と分析、及び体験談1
ねこすけ不登校原因と分析、及び体験談2
ねこすけ不登校原因と分析、及び体験談3
ねこすけ不登校原因と分析、及び体験談4



次からは不登校ひきこもり脱出の体験談や人間関係向上体験について書いていきたいと思います
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タイトル 日 時
不登校とひきこもりの時の気持ち 15〜17歳(中学生・高校生)
中学校に通わなくていいというだけで、有頂天だった。 すっごく楽(!)で、ホッとしていて、心が晴れ晴れしていた。 その先に来る自分の内面の苦しみなんか全く頭にうかばなかった。 将来についても、まあ何とかなるさ。 いちいちうるさいんだよ、僕はこれが良いんだ 絶対てこでも動かないぞ! こんな気持だった ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 16 / トラックバック 0 / コメント 0

2006/05/18 17:13
中学3年、僕は不登校に 不登校克服までの道のり(中学生〜)
僕がいやいやながら、中学3年の途中まで学校に通っていました。 ちなみに千○県の私立中学に通っていました。 小学生の時にすでに浮いていた僕が、中学でも難しいのは目に見えていました。 学校が楽しいと思ったことなんか、中学の時は一度たりとてなかった。 でも、苦しい思いをしながら頑張れていたのも、いい大学に通って、いい会社に就職する、できれば安定した公務員がいいという、つまらない親のいいなりになっていたからです。 そりゃ、中卒や高卒よりも、大卒で、しかもいいところを出た方がいいのは僕もわかって... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 2

2006/05/12 20:30

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