アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「コミュニケーション能力向上方法」のブログ記事

みんなの「コミュニケーション能力向上方法」ブログ


感謝の言葉 不登校と神経症を克服させてくれた自分の親と岩波先生へ

2007/05/26 10:09
生きるってどんなことなのか、身をもって知らせてくれたのがたびたびこのブログで登場する僕の先生でした。
コミュニケーション術という武器も、自信もなくて、怯え続けて劣等感にさいなまれていた僕が、自分でも「変われた!」と断言できたのは、たった一つの出会いでした。
正直、最初は気が進まなかったもののこういう仕事をしてくれていてありがとうと思いました。
これに関しては、親に感謝してます。
岩波先生に引き合わせてくれたのは、親でしたし、僕一人では先生の存在は(たぶん)知らなかったと思います。
知っていたとしても、果たして僕が通えることができたのかどうか疑問ですし。
お金も高い方ですし、予約もとりづらい状況だと、すばらしい出会いにはつながらなかったかもしれません。
自分で変わろうとする意志もなくしていたかもしれません。
ずっと、劣等感を抱えたまま、生きていったことへの恐ろしさを考えると、人生ってどこに転機があるかわからないものですね。
複雑な親への気持ちもあるけれど、僕の不登校とひきこもり、対人恐怖症や社会不安障害の苦しみを心配してくれたのは、ありがとうと言いたいです。
もっと時間が経っていたら、僕は人間不信がきわまり、岩波先生のプログラムであろうと参加しようという意志はなかったかもしれません。

だから、いま出口が見えなくて困っている人は、それでもどこかで転機があると思っていていいですよ。

でも、いくら親が不登校支援施設やフリースクール、カウンセラーのところに連れて行っても、そこが凡人、平凡、パワーがない人だったら、意味がないです。
だから、一番の感謝は、とても強烈な個性を持ちつつも素晴らしい先生という人間がいてくれたこと、そして「心の問題」を扱う仕事をしていることだと強く思います。
どっちか片方がかけていても、今の僕はなかったのは間違いないです。
あと、不登校や神経症の問題が良くなっていったと同時に、(何度も言いますが)人間関係の中で生きやすくしてくれる武器(コミュニケーション術)を教えてくれたのは、自分でも思ってみなかったことでした。

最初は僕の心のもやもや、どうしようもない倦怠感と閉塞感、対人恐怖症や社会不安障害の症状だけを治療してくれるのかなと思っていたんですが、さらにその上がありました。
僕も人間関係をよくする技術が欲しいなぁとずっと思っていたから、「これだ!」と思いました。

でも、順番があると思うから、まずはマイナスの部分を処理していって、ある程度できてきたから、プラス部分のコミュニケーション能力や彼女の作り方、もてる方法(笑)を伝授してもらって、自信をつけていったらいいと思います。
親から薦められた時は、ここまで威力のあるプログラムだとは想像もつきませんでした。
みんなわからないと思います。
親自身もわかっていなかったですから。
なんでも経験しなくちゃわからないですよね。
世界にああいう先生、プログラムはないそうです。
あまりに規格外だとのこと。
実際そうだったけど、無意識への対策と訴えかけは驚きでしたし、会話術についても今も役立っています。
それを若いうちに受けることができたのは運が良かったです。
記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


人間関係を向上させる技術会得には? 人との接点が必要

2007/05/17 19:38
タイトル通り、実戦を経ないと、「会話の格闘術」は完全に体得できません。

ということは、実戦に立ち向かう勇気を育むのが必要になりました。
でも、覚悟が要ります。
だから、先生にモチベーションや目的意識を植え付けてもらって、さらに自分でそれを高めて、実戦に臨みました。

不思議と失敗したらどうしようという不安は少なかったです。
人慣れしていない僕でも、経験を少しずつ積み重ねていったら、人並みにすぐなれました。
それに会話の格闘術を教えてもらっているから、すぐ一般レベルは超えられたと思います。

そこで必要なことと言えば、まだ自分が足りないとおもうものが実戦でわかるんですね。
熱血に喋ればいいわけじゃないってわかり、今度はラフに喋った方がいいと気づきます。
ラフに言った方が、相手との風通しが良くなるんだなぁ、と体でわかったら、武器がまた一つ身に付いたと言うことになりますね。

先生の「会話の格闘術」プログラムに通ったら、すぐ僕が成長したと言うことがわかったそうです。そこを指摘されて、「さすが先生だなぁー、なんでもよくお見通しだ」と嬉しいやら驚いたやらで、参ってしまいました。
もっとモチベーションが湧いてきたのは言うまでもないです。

ずっと順調にいったわけじゃないです。数々の失敗がありました。でもへこたれない心はちゃんと自分の中に備わっていました。先生のおかげもあって、実戦を得て強くなるという決意がどんどん根本から身に付いていったんだと思います。

そして実戦で得た自信(それが少しばかりでも)は確実に自分の無意識に根付いているので、上達を実感できるようになりました。そこには理屈の世界では説明できない確かな「自信」でした。

僕を含めて、悩んできた人の一番いけないところは、理屈を並べて行動できないことだと思います。いやいや、行動しないためのいいわけで理屈をならべるんです。そんな人間を、他人は嫌います。僕はそんな自分が大嫌いだったし、そんな人間も大嫌いです。はっきりいって、低く見てしまいます。そんな人がかっこつけて、人からよく思われようなんて努力していても、鼻でせせら笑いたくなります。そんな人間が世の中にあふれかえっています。だから、そこを気づいてわかるだけでも、人間関係はかなり上達できますし、できました!

人を利用しましょう。僕たちが強くなるためのえさにすぎないと思いましょう。
ゲーム感覚でいいんで、その中で少しずつでいいから自信と実戦を積み重ねていきましょう。
ものすごく心強い先生がついていましたし、やるしかない!気持ちになれましたから。

ねこすけでした。偉そうに書きましたが、これって本当だと思います。頑張っている人はたぶん同調してくれると思います。頑張れない人や理屈人間が、「何を偉そうに!」と思ったり、鼻でせせら笑ったりすると思います。でも、そんな人間が一番軽蔑されて笑われているのは確かでしょう。

もうね、岩波先生の教え、コミュニケーション技術は役立ちまくりです(`_・)
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


あらためて自己啓発の本を読んでみると・・・・

2006/08/14 15:16
先生のすばらしいところは、不登校とか心の悩み苦しみ脱却の力強いサポートの他に、自己啓発、能力開発部分、つまり僕が受けた武器としてのコミュニケーション能力(会話の格闘術)を教えることができるということです。

他の専門家の先生はせいぜい、薬を出すだけとか、悩みを聞くだけとか、積極的に引き上げてくれる人は全くいませんでした。だから一粒で二度おいしいといった感じです。仕事を持っている人にとっては、上司との関係向上、同僚の中でうち解けるようになること、営業交渉力のアップ、恋人の口どき方とかたくさんのことが学べました。
これがどんなに今の糧になっているかわかりません。

自己啓発の本にもそういうことが書いてありますが、なんでたくさん読んでも、もてるようにならないか? 
それが今日のテーマです。

例えば、もてる技術が書かれてある本を読んだら、読んだ人数分、ナンパの達人が生まれるかというと、そうじゃないですよね。
所詮知識は知識だということです。もし知識やノウハウに絶対の信頼を置いているなら、効率が悪くなると思います。
あくまで感覚として身につけたものの再確認に自己啓発本、ノウハウ本、マニュアル本を使うべきであって、そのためには傷つこうが、恥をかこうが、経験を積み重ねていく決意が必要になると思います。

やっぱり傷ついたり、恥をかくことに恐怖を覚えたり、立ち直れなくなったらどうしようなんて、行動ができなくなっちゃいますが、それなら一人でやるよりも、岩波先生のような達人のもとでやったほうが絶対いいです。

結局行動による経験の積み重ねがコミュニケーション能力を身につける一番近道ですが、どうしても傷つくのが怖いとか恥をかきたくないという人がいると思います。それで人間関係にへとへとに疲れ果てちゃったなんていう人もたくさんいると思いますし。だから、本にきれいに話す技術、人に変に思われない方法を求めてしまいますが、きれいにやる必要は絶対ありません! 営業をやっていても、きれいに話そうとする人ほど、成績が上がってません。しょせんつまらない人間だと取引先の人に思われてしまうだけに終わっています。

逆を考えればよくわかります。マニュアルに沿った話し方、きれいに流れるように話す人間よりも、言葉はつっかえつっかえだけど、商品が本当にいいんだ! とってもいい商品だから勝ってください! という熱意のほうが、商品を買いたくなりませんか? 
マニュアル人間はそれにつまらないです。本を読みまくると、マニュアル人間ができあがってしまうかもしれません。
ということは、やっぱり過度の知識への期待は、逆に魅力的な人間ではなくて、つまらない奴、評価が低い人間を作ってしまう危険性もあると思います。

もしいつまでも人間関係が向上しない! コミュニケーション能力にコンプレックスを感じているなら、そういった悪循環に陥っていることを疑ってみるといいかもしれません。
コミュニケーション能力の達人は本当の一握りしかいないのは、ありきたりのことをやっていないからということです。先生がそういっていましたが、ありきたりと定番では人間的魅力を損なってしまうということですね。
でも、きれいにありきたりで人と接したいとどうしても思ってしまうこと自体がコミュニケーションをそこなう原因だと思います。
そこから変えていかないと棺桶に入るときも劣等感を感じて生きてきたなんてことになると思います。
人間で人間は心を病むし、人間を攻略すれば人生は生きがいを持って走れるようになるし、この厄介な同族をどう料理するかが今後の僕の腕の見せ所です。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


この世はすべてコミュニケーション能力! 会話術と人間関係

2006/07/20 11:58
「この世はすべてショービジネス」ではないけれど「この世はすべてコミュニケーション能力」に尽きると思います。

僕が学校の何が嫌かというと、人間関係が嫌だったわけで、勉強が嫌いだったわけじゃないんです。
うつ病になる人の多くの原因は人間関係や仕事のストレス(これだって人間関係があるからこそのストレス)だそうで、僕の会社でもうつ病で休職して、そのまま退職の人が多いです。
復帰してもまたうつ病がぶり返して休む繰り返しの人がいます。
いつどこで人間は悩んでおくかが重要だと感じました。
僕は胸を張って今は言えます。
当時悩んでいて良かったと


人間関係向上の技術は誰もが欲するもんだと思います。
僕はできれば人並みになりたいと考えていたんですが、岩波先生は違っていました。
逆にハッパを強くかけられました。
「今更人並みになっても、それまでの悔しい思いとかコンプレックスがあったら、人並みになったところで、また悩むだけ」
その言葉は、僕の心のものすごく影響を与えました!
普通と比べると普通以下にしかなれないってことです。
どこに視点を置いて前に進んでいけばいいか僕はその時わかった気がしました。

なるほど、たしかにそうです。
このまま苦しみ続けることは、耐えられそうにない。
心が崩壊してしまう恐れもありましたし、もう傷つききつい思いをするのはたくさんだったんです!
傷つくってことはどういうことだろうか
自分に自信がある人は、傷つくことをいわれても、へっちゃらです。
僕の先生なんかそういうタイプです。
それでいて人の心を思いやれる人だから、すごく強くて優しいと思いますが、世の中、学校でも社会でも、平気で傷つけることをする人がたくさんいます。
だから、自分が強くならなくちゃ充実して生きることは出来ませんよね。
大人になったら、どんどん図太くなるといいますが、トラウマや劣等感を抱えた人にとっては逆です。
いつまでも、か細い神経のまま社会で生きなくちゃいけない。
ひきこもりをしていても、親が死んだら、どうしても働かなくちゃいけなくなります。
もしかしたらホームレスとして社会のの片隅で生きることくらいしかできません
(でも、ホームレスの中でも人間関係は存在します。必ずボスとなる人がいて、新参者なんかは虐げられると聞きます。やっぱりこの世はすべてコミュニケーション能力なんですね)。

だからどこに行っても、人間関係構築ができなければ、闇だってことですね
今やっている営業職だって、それが基本です。
これについてのコツや基本は先生から昔教わっていたので、それが役立っています。

どこまでいっても、この世はすべてコミュニケーション能力!

強くなるためにも、話し方の技術、コミュニケーション能力、相手の思考の読み取り技術とかノウハウを身につけていけば、強くなれる近道でもありますし、僕にとってまさしくその通りでした。
それにどんな人間でも、コミュニケーション能力を上げたいと考えているから、それで有利に立てば、相対的に強い人間、自信がある人間になれるってもんです。

そこを重点的に教えてくれた岩波先生のところに通え、僕の人生最大の革命でした。
他に並ぶものはない存在でしたし、いい意味でずれて生きている人です。
もっとも普通とは縁遠い人でありながら、誰とでもコミュニケーションを取れることは特筆でした。
強い影響を受けたし、不登校の人も多く通っていたから、子供の心についてもかなる精通してました。
そんな人にコミュニケーションや人間心理について学びましたし、たくましさを身につかさせてもらいました。

コミュニケーションはただの意思伝達で終わっている人が多いけれど、武器とするには、相手の心に影響を与える、それが武器としてのコミュニケーション術です。
中には会話の格闘術と読んでいる人も多いです。
意思の伝達だけではつまらないし、そんな人間を高く評価するなんてことはないですよね。
高く評価するということは、その人の心にいい風を吹かせるということです。
いい風を吹かせるっていうことは、気持ちよくさせること。
おべっかも時には必要かも知れませんが、おべっかばっかり使う人間は、逆に評価が低くなりますよね。もっと違うことをして相手の心にいい風を吹かせる、それがそこで習った会話の格闘術(武器としてのコミュニケーション術)でした。

ちょっと長くなりすぎたけれど(汗)、もっと書くことがあるので続けたいと思います。

例えば、仕事に情熱を傾けている人って、別におべっかを使わなくても、何か心を打たれます。
相手の心に波紋を広げているわけです。それは別に意図してやっているわけじゃないけれど、ちゃんと相手の心にいい風が吹いているわけですよね。
じゃあ、技術としてノウハウとして、いい風を吹かせることが出来たら、人間関係も革命的に良くなるってことです。
それが僕にもでき(まだまだ未熟ですが、すごい武器を身につけつつあると感じてます)、それが自信になる。だから、劣等感とか不安が心に寄ってくることなんかなくなったし、はじめて生きていて充実している、楽しいと感じました。
営業職だから、毎日が勉強と訓練の場です。
身についていくことが楽しくてしょうがない時もあります。

最後に、人間関係さえ良ければ、落ち込むことはないし、逆に楽しい毎日になる!
断言します!
いうまでもないことですが、あえて言いました。
人間関係を攻略できれば、劣等感なんか吹っ飛ぶし、自信を拾える
不登校やひきこもり、神経症で苦しむ人なんか、一番必要となる技術なんじゃないかなと思います。
親から見ても、子供がたくましく生きていけるようになるのは、至上の喜び何じゃないかと思います。
親自身が教えてやることができなかったことかもしれませんし。
それが一番子供にとって必要なことだと思いますし、僕はそうでした。

ねこすけ
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0


僕が不登校になってしまったワケ コミュニケーション能力の不足

2006/04/17 20:14
不登校といっても、十人十色の原因があるでしょうね。
同じ不登校仲間を見ても、神経症が原因だとか、親同士が仲が悪いから心を閉ざしたとか、精神的虐待のせいとか、いじめとか、担任の先生によってとか、人間不信とか、たくさんありました。
僕の場合は、人間不信という奴ですが、そもそもコミュニケーション能力が圧倒的に劣っていたから、という理由が一番しっくりきます。

集団生活たる学校で、まったくコミュニケーションがうまくいかないで、人間関係を作れなかったから、完全に浮いた存在になり、担任も僕をもてあましていました。
よく言えば個性のある人間でもありますが。
でもその個性すら押しつぶしていたら、心が病んじゃいます。

少数の友達はいましたが、親しいというよりは、ただつきあっていたというだけだったし、その他大勢のクラスメートからは、あからさまじゃないにしても、仲間はずれにされていました。
小学生の時からです。
浮いた人間でした。
物心ついたときは、活発だったそうですが、集団生活になじめず、どんどん人間不信になっていきました。
とまどいがとまどいを生み、生きづらくなっていったのですね。

そもそも父親も母親も人に構えて生きてきたこともあって、そういう雰囲気のなかで育ってしまったので、開けっぴろげな性格になれということ自体無理でしょう。
それが僕の世界でしたから
なんでみんな仲良くやれるのか、さっぱりわかりませんでした。
コミュニケーションをとれるスキルも経験も無に等しかったです。
それがだんだん身に付くようになったのは、高校3年の夏でした。
学校に通ってない不登校野郎だったんで、17歳ですね。
立派なヒッキーでした。
そのときに、コミュニケーション能力を身につけることができるきっかけがありました。
だからいくらでも挽回はききます。
同時に挽回しないと、あっという間に30代、40代と年だけを重ねちゃう。
怖いことだけど、いくらでも巻き返すことができることは確かです!

もしなかったら、ずっと人間不信と、人間関係をまともに作れないまま、いじけて今に至っていたでしょうね。
人間がいるかぎり、コミュニケーションをとらなければいけない。
それができないと、地獄で生きているのと同じかも知れません。
僕の半生がそうだったし、今もたくさんの人が地獄でしょう。
だいたいコミュニケーション能力がある人が、ひきこもりになりようがないですからね。
人間がいるから関係をうまく作って生きなければいけない。
なのに、人間不信で生きていたら苦しいことばかりです。
そんな人生でした。
それに孤独になれていたつもりでも、孤独が楽しいわけはないです。
人間関係に苦しめられるより孤独に生きた方がマシといっただけです。

そう、この世はすべてコミュニケーション!!!
と、その能力ゼロだった男がこんなことを言うんだから、あたってます。
自信がありますよ
コミュニケーションをとるということは、相手がいるということですよね
だから、相手(人間)ってどんなものかよく知らなければいけないと思います
そういうことを身につけていったのが、不登校と神経症を克服させてくれた岩波先生のもとに通ったからです。
もともと不登校脱出、生きにくい自分を変えるために通っていたんですが、結局そこだ!と思い知りまして、人間関係をどうやってうまく作っていくか興味が移りました。
そのスキルがついていったとき、不登校からも抜け出せましたし、大学に遠回りながらも通うことが出来ました。
それに社会でばりばり働くことが出来たわけです。

一も二もコミュニケーション能力、三四もコミュニケーション能力。
それに尽きると思います。
僕が不登校になったのも、苦しんだのも、落ち込んだのもすべて、スキル不足でしたし、立ち直れたのも、それへの自信ですね。
営業職でバリバリ働くことが出来ているのもそうです。

だからこの世はすべてコミュニケーション能力! というわけです。
そして、その能力が皆無でも必ず身につくことができるし、自信もつきます。
僕ができたことですから。
大丈夫、必ずやれますよ!!
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0


トップへ | みんなの「コミュニケーション能力向上方法」ブログ

元神経症的不登校児のコミュニケーションブログ コミュニケーション能力向上方法のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる