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元神経症的不登校児のコミュニケーションブログ

プロフィール

ブログ名
元神経症的不登校児のコミュニケーションブログ
ブログ紹介
ども、みなさん。
元不登校でひきこもりで、学校恐怖症、社会不安障害的神経症から完全に立ち直ったねこすけです。神経症的不登校克服に向けて、経験が同じ境遇の人に活かされればいいななんて思ってます。
生きる上でとっても大切なコミュニケーション能力(人間関係)のこと、不登校やひきこもりの時の気持ち、対人恐怖症系の神経症の苦しさなど書いています。
今は社会でおかげさまでバリバリ働くことができています! 出世もしました。人間関係に恵まれ、自分の能力を発揮できていると感じています。つまり生きていてよかった! 神経症的不登校の時、完全に潰れなくてよかった!
このブログは、昔の不登校と精神的危機で苦しんでいたときの状況を中心に更新していきたいと思ってます。
僕的につかんだ精神的危機、不登校問題、ひきこもり脱却のヒントや社会不安障害克服体験記、をのせていきたいと思ってます。
また脳と無意識における鬼才カリスマ岩波先生の心理脳内プログラム、会話術(会話の格闘術プログラム)の体験記も。
たぶん仕事が忙しいので、更新は不定期になると思いますが、僕の失敗経験、成功体験を書いていきますので、よろしくお願いします!!!
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神経症、メンタル面の悩み、不安感を強く抱えている方に効果的な本

2014/10/14 23:50
悩める方へ、強くなりたい方へ、神経症を克服して人生を謳歌したい方へ、とてもいい一冊があります。
僕、ねこすけもここ二ヶ月常に愛読している本です。
それは何を隠そうカリスマ心理脳内コンサルタント岩波先生の書いた本です。
タイトルは「奇跡の脳覚醒 頂点を極める成功哲学」

この本は悩める人から、現状うまく事が進んでない人、頂点を極めたい野望がある人と幅広い層向けに書かれてあると思います。
岩波先生のプログラムに通っていないと感覚的にわかりづらいところもありますが、僕にとって「岩波の言葉・講演集」と並んでバイブルですよ。
「理」(理屈・理論・理性)と「感」(感覚・情動・本能)とをリンクさせる本として必ず読んでいた方がいい本になっています。

僕も神経症的不登校の時、社会人になってからもたくさん本を読んできたけれど、岩波先生の奇抜な発想と力強い言葉がそのまま本になっているこの一冊は、ダントツですごい読み物です。
モチベーションがめちゃくちゃ上がっちゃいます!

岩波先生の脳覚醒技術と称される技術についての紹介も書いてありますが、これこそ一度体感したらこの本に書かれてあるとおりだと実感すると思います。
この技術を使って、この本に書かれてある「理」の部分を脳に叩き込み、無意識の奥底に定着させたらそれこそ無敵です。

できればもっと前に岩波先生にはこの本を書いて欲しかった!(笑)
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コミュニケーション能力&対人関係を飛躍的向上させる方法

2014/05/15 23:08
やっぱりどこまでいっても人です。
遊ぶにしても、仕事するにしても、家族の中でも人は避けて通れません。

避けて通っていたのが神経症的不登校だった僕ねこすけだったんですが、何をしても結局人の壁にぶち当たっちゃいます。
逃げ場はありません。
ひきこもっていても、ニートになっていても。

人間は一人では決して生きられない。
ならば対人関係において武器になるものを獲得できたら、それだけ人生は楽しくなるってことです。
世の中をすいすいと楽しくわたっている人は、例外なく自分を持っています。
対人関係でも人には表面上合わせたり、自分を通したり、とにかくそのベースには自分(主体性)がとことん備わってます。

それがない人は対人恐怖症や社会不安障害となり、不登校やひきこもりやニートとなり、今後生きていくにおいて大きな障害なっちゃいます。
これでは人間関係の悩みを克服しなければ未来はないといえるわけで、結局僕が神経症的不登校を克服して、一人の社会人として結構自分の能力を発揮できている理由はそこにあると思います。
今じゃ人にも恵まれたわけですけど、上司にも可愛がってもらい引き上げてもらっています。
それに周りの人間に不登校だったことを言っても信じられない態度を取られます。
それぐらい昔の神経症的不登校の悪いオーラは消えていると自分でも思っています。

人間関係向上のコツは結局主体的な行動ができるかどうかです。
そういう存在になっていれば自然と自分の良さを発揮でき、周りとの関係も良くなっていきます。
自分を周りが認め始めてくれるんです。
それが大きな自信となり、ますます自分を強固に確立できちゃいます。

人間関係で悩んでいる人は自分のコミュニケーション能力の不足を嘆くよりも(これって表面的でどうでもいいことです、実は!)、まず自分がありますか? 主体性を持っていますか? という自問をしてください。
これがなくては、いっくら話し方の本を読もうと身につかないものです。
僕もまったく実戦では役立ちませんでしたし。

心の芯からブレないぐらい脳と無意識に暗示を打ち込む事が必要で、そのためには暗示が浸透するための意識の流れが極度に変性している状態が望ましいです。
なぜなら人は理性で言い聞かせても心の底にまで到達できないし、それをやるたびに強くなれない自分への自信を失っていくからです。
ぶれないって感情の世界に入り込まないと不可能です。
感情ほど強いものはないからです。
マイナスにもプラスにも(岩波先生の言葉・講演集を参照してください、詳しく書かれてあります)

話し方のテクニックを使う人を、他人は認めてくれないし、その小賢しさに辟易します。
だから決して技術に頼らないでください。
頼った時点で永遠に人間関係の負け組です。
負け組の中で少しはマシな存在になるぐらいです、うまくやっても。
それじゃ悔しくないですか?

自分がぶれないベースを確立していて主体性を持っていて自分を発揮できる人間は、どんなに話下手でも、その雰囲気で相手の心は溶けていきます。
これは僕が身を持って経験していることです。

いくら対人恐怖症や社会不安障害であっても、目先の悩みにとらわれないで、このブログに書かれてあるようなベース作りからやれば、どんな不安でも克服できますよ。

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学歴からドロップアウトしても劣等感を抱く必要はないです

2014/04/14 16:48
どうも、ねこすけです。

親も不登校児になる本人も等しく心配になるのが、学歴についてです。
勉強をしなくなり、同級生からも取り残されちゃって、いざ社会に入ろうとする時、学歴がないと非常に苦労するという恐怖感を持っています。

特に本人は「俺ってダメ人間だ」と諦めて殻に閉じこもってしまいます。
そしてますます状況が悪化していきます。

でも、希望を失うことはないです!!
中学で挫折しても高校で挫折しても、いくらでも高校を受ける資格、大学を受ける資格はあらゆる方法で取ることができます。
今は本当にいろいろな道があるんです。

それにたった一年だけ勉強したら、普通に学校に通っている人にいっくらでも追いつくことができます。
それ以外は全然遊んでいて大丈夫!
ちゃらんぽらんやってても、いっくらでも猶予はあるんです。
あんまり自分を追い詰めないでください。

親もそう。
子供に学歴がなくても職人の道もあるし、色々な生き方があってしかるべき。
そこで焦って子供を追い詰めると、余計勉強しようという芽を摘み取ってしまいます。
まあ、だいたい子供がおい詰まってしまうのは親からの言葉や雰囲気からひしひしと伝わってくるプレッシャーです。
親は良かれと言っていることでも、もっと余裕を持って構えていましょう。
本当にお願いします。

親の焦りは、子供にその十倍の焦りとなって伝わります。
でも、そもそもココロが弱っているのに、処理しきれるはずがないです。
だから、ぶっ潰れて勉強も学校も何もかも諦めてしまいます。

人生いろいろ、まっとうな道だけが人生じゃない。
逆にそんな人生ってつまらないし味気ないものだと思います。
人と違っていることは立派な長所。
だけど、それを短所として捉えてしまうと、ただの欠点になるだけです。
ただの欠点なんだけど、それを長所として捉えると、大きく魅力として周りにふりまくものです。

劣等感は劣等感だと感じるから、周りにものすごく負のオーラを振りまくけれど、岩波先生の「それが何なんだ、だからどうした、そんなものはクソ食らえだ」という思考で行けば、劣等感が個性としてとても光ってくれます。
これがわかった人は、みんな人生が大きく光り輝くようになっています。
僕もそういう真理をつかむことができたと思っています。
思うだけなら勝手だから、思わせておいてくださいm(_ _)m (笑)

物事は解釈一つで光にも闇にもなるってことです。
自信も劣等感もたったひとつの解釈の差ではっきり分かれていくんです。
今劣等感の濁流に飲まれてアップアップしている人は、ぜひこちらを読んでください。
僕の恩人の岩波先生のホームページ(Dream Art Labo)に掲載されている『岩波の言葉・講演集』です。
http://www.mind-artist.com/index/kotodama/index.html
近々岩波先生の書籍も出るようです。
とても楽しみです。

今でも僕は『岩波の言葉・講演集』をバイブル代わりにしています。
僕が悩んで苦しんでいた時、先生の言葉集に出会っていたかったと本心から思います。
まあ、今となっては苦しさから抜け出たので結果オーライなんですが。
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不登校だったりひきこもり生活を続ける人たちへ 〜危機感と逃避先〜

2013/03/30 16:05
まだまだ十代や二十代前半で、仕事も学校もいかないで、ひきこもり生活を続けている人たちへエールを送りたいと思います。
僕もひきこもりでしたが、幸いな事にまだ早い段階で抜け出すことができました。
でも、実は危機意識を持っていながら、ひきこもり生活ができる状態に甘えてもいました。
いつかなんとかしなくちゃ、と思いつつも、ひきこもることの楽さを感じると、抜け出すための労力が非常に億劫になり、怖く感じてしまうものです。

だから、ずるずるとひきこもり生活が長引いてしまうのです。
それでも、当然のこと、なんとかしなくてはいけない、いつかは抜け出すことが必要だとは感じていることと思います。
しかし、二十代になると、そろそろやばい状況になってきます。
これは否が応でも、ひしひしと感じてしまいます。
その不安定な状態から抜け出すために、僕らは逃避先を見つけます。
それはゲームであったり、オタク趣味を持っている人はアニメとかそういう方向に行ったりします。
つらい現実から目を背けるために、ますますはまっていってしまう。
だけど、時間はどんどんその間も過ぎていきます。

その逃避ばっかりしている間に、同世代の人は、外で学校に行き、資格をとったり、アクティブな趣味を楽しんだり、仕事に励んでお金をもらったり、恋人とデートに出かけたり、旅行に行ったりして、人生の経験値を重ねていきます。
一番大切な吸収の時期に、大きな差がついてしまうんです。
一方僕らはなんにも経験ができていない。
コンプレックスも年々増していきます。
幸せそうにしている人を見ると、悔しくなったりムカムカしてしまいます。
だから、ますます逃避してしまう。

それで一生逃避できるならばそれも僕はいいと思います。
だけど、現実は非常に厳しいものです。
ひきこもりの時に養ってくれるのは親です。
親が健在の時はまだまだ食って行けますし、お小遣いももらえて、趣味に費やすことができます。
だけど、親が働けなくなって年金のみになったら、どうなるでしょうか?
そして、親が死んだら、だれが生活を見るのでしょうか?

その時に何にも自分に経験値が身についていない状態で、社会に出たとき、はっきり言って、末端の仕事しか出来ません。
いや末端の仕事は、当然つらい仕事が多いので、長続きしません。
ずっと逃避していきた人が耐えられるものではないんです。
だから、いまはまだ逃避してもいいかもしれないけれど、いつか自分の足で歩まなければいけないんです。
まだ若く引きこもっている人は、いまの時間を大切に使ってください。
その生活の中で必ず他の人では感じられない視点を得られるはずです。
時には疲れきった心と身体を休めることも必要でしょうが、逃避はしきれるものではないことだけはしっかい頭に入れておいたほうがいいと思います。
30代、40代で引きこもっていたら、もう立ち上がる体力も器量もないと思います。

それに若いうちはまだまだ猶予があります。
それを悪い解釈をすると、まだまだ引きこもれるととらえてしまいますが、違う視点から言えば、失敗をいくらでも出来るんです!
それで傷ついて立ち上がれなかったらどうしようとおもって行動をしない人がいます。
でも、必ず生きていたら傷つくことがあります。
でも猶予があるこの時期ならば、傷つくことは確かに大変だし、もう傷つきたくない気持ちはわかるんだけど、年齢を重ねた時の失敗の心の傷に比べれば、全然大したことがないです。
逆にとても貴重な人生経験になります。

親はいつか置います。死にます。
だから、いつひきこもりから抜け出すか?
それは今でしょ!としか言いようがありません。
これから、一年一年時間が過ぎていくにつれて、あらゆる面で猶予が急速になくなっていきます。

何も人と同じ事をしろと言っているのではなくて、人とずれた道に入り込んでしまったからこそ、人とは違う何かができるはずです。
決して普通になろうなんて思わないでください!
その時点で、あらゆるマイナス思考が忍び寄ってきます。
普通になっても、比べる人は、すでに経験の点で先にいっちゃってます。
だから、普通を目指すと一生普通になれません。
(この話は、こちらをよく読んだほうがいいと思います。岩波先生の言葉・講演集

不登校になって人生のレールから外れてしまったと思っても、それはただの幻想です。
逆に人とは違う道を歩まなければいけない、という運命の導きです。
そして、今まで失ったものを取り戻すには、人とは違う発想と視野を持っていなければいけません。
普通をやっていたら、一生普通以下になってしまいます。

人生は一度だけ、命も一つしかありません。
何のために生まれて生きているのか?
このままいって悔しくないのか?
逃避は必要なことだと思うけれど、いつか限界が来ることだけは覚えておいてください。
一生お金に余裕がある人であっても、心の貯金はありません。
それはどんどんすり減っていきます。
一生不安と嫉妬とイライラと怒りと恐怖といったマイナスの感情に支配されていくはめになります。

僕もずっとひきこもりを続けていたら、どんどんマイナス面に落ちていったと思います。
これは間違いありません。
厳しいことを書いていると感じるかもしれません。
だけど、心の傷を持っていない人が、上から目線で言うのではなくて、同じ経験と苦しい感情にとりつかれた僕が言うことなので、大目に見てください。
決して、心の傷や不安感を感じないで、説教的に書いているのじゃないんです。

何をするにしてもこれから不安感はついて回るでしょう。
だけど、それを受け入れて覚悟して立ち上がってください。
今やる勇気の量と、一年ご必要な勇気の量は雲泥の差があります。
それが5年、10年経ったら、とてもじゃないですが、並の勇気や覚悟の量では足りません。
それこそ、生きるか死ぬかぐらいの量が必要でしょう。
それをするくらいなら、必ず逃避することを選んじゃうはず。
で、一生末端以下で暮らすことになります。

人生は本当に一度こっきりです。
後悔のない人生にしましょう!
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岩波先生の心理・脳内プログラムについて 不登校プログラムの予約が厳しくなっています

2013/02/27 18:23
岩波先生の心理・脳内プログラム(神経症・あがり症克服プログラムや不登校・ひきこもり克服プログラムなど)は、受ける本人がやる気がなければ受け付けてもらえません。
予約は人気があり先生の多忙もあって、主体性をもって取り組めないとみなされた人は、予約をとってもらえません。

でも、神経症やあがり症、対人緊張というものは、本人がどうにかしたいからやるから、主体性ややる気は問題ないでしょうね
(ほんの一部、努力も練習も訓練もなんにもしない人間がいるみたいだけど。何のために受けるのだろう?)

不登校は、本人が受けたいというものと違って、逃げたい! 何もやりたくない! という中学生・高校生が主なので、親だけやる気になっても無理、ということは、僕のブログでも度々書いてきました。
とにかく逃げたい、嵐が過ぎ去るまで布団をかぶってやり過ごしたい、という気持は僕は痛いほどよく理解できる!
でも、嵐は過ぎ去らないでもっともっと襲ってくるのだけど、中高生はそんなことは知らないから、いつか好転すると思うのだけど。

つまり、主体性のない人が多いから、岩波先生にプログラムには向かないということなんです。なので、最近では、不登校/ひきこもり克服プログラムは、もう親がいくら頼んでも、予約は難しくなっているとのことです。
先生も忙しい人なので、また主体性のある人をまず最初に対応するから、いまのプログラムのシステムだと難しいらしいですね。

せっかくの凄まじい底知れぬ威力を持つ先生の心理脳内訴求技術は、不登校本人に適用出来ればいいのだけど、こればっかりは、本人が拒否したらどうにもなりませんからね。
それに不登校児は、みんな心に大きな闇を抱えています。
心の傷を作っています。
岩波先生は心に溜まりきった抑圧を実際に解消できるため(実際に文章通りそれが可能なのは先生の技術しかないと思うな)、一時的に、自分自身の心の傷や過去の出来事に心を直面させなければいけないため、主体性のない子供が、それを経験すると、見たくない! 触れたくない! となってしまうだけです。
彼らが大人になれば、さすがにどうにかしないと!!、と思うけどね。
それまで待っちゃうのも、心の傷を悪化させるだけかもしれないし、親の苦労は絶えませんね。

不登校の本人が受けるプログラムはだいぶ制限がかかっているけれど、その分不登校親支援プログラムは増えているようですね。
自身の心が保たないお母さん、お父さんは、子供を無理矢理連れて行くよりも、主体性を持って行動できない子供にいい影響をあたえるために、それを受けたほうがいいと思います。
親が変わると、子供は変わります。
これは僕がそうでしたから。
親が変わらないと、ずっと子供は甘えたり依存したり、いじけたり、ろくな事になりません。
ひどい親で変わらない人間は、自立心のある子供は、親に寄り付かなくなります。
そして、はじめて自分自身の人生を歩めるんだけど、もともと主体性が失われていた子供は、自立心もないから、親子関係がボッロボロになりながらも、依存してしまうんですね。
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不登校とひきこもり克服には、親が変わらないと子供は変わらない!!

2012/10/09 16:50
親御さんへ

自分を御座なりにして子供だけ変わって、不登校やひきこもりから脱出して欲しいと思っていませんか? 
不登校は子供が悪い、同級生が悪い、学校が悪い、担任の教師が悪い、と思っていませんか?
世の中で一番あらゆる影響を子供は親から受けています。

親が悪いから子供がこうなった、という意味で書いているのではありません。
でも、子供に変わって欲しいと思う心に、どこか一方的なものはないのかな、ということです。
一番の問題の責任者は子供本人です。
子供本人がやらなければ、なんにも始まりません。
それこそ岩波先生に相談をすることだって、子供がやる気を見せないと効果があがりませんから。

不登校は親の責任というわけではありません。
もともとの原因は学校でのトラブルや友達関係、いじめを含むクラスメートとのトラブルが多かったりします。
だけど、親はそういう難題に直面して抱えきれない問題を抱えている子供を知らず知らず追い詰めてしまっています。

誰もがなりたくて不登校になっているわけではなくて、もう瀬戸際に追い詰められて、苦渋の選択で不登校になり、家に閉じこもらざるを得なくなっています。
つまり、相当の自信喪失に子供はなってしまっているのです。
その子供に(それでも無理してがんばろうとしている)子供に、悪気はなくまたまったくその気はないとはいえ、追い詰めて、さらなる精神的抑圧を与えてしまって、ついには子供は逃げ場もなくなって、自分の殻という最後の逃げ場所に飛び込んでいきます。

そうなると、親から見ると、子供のただの我侭、甘え、としか映らないでしょう。
そうじゃなくて、そうならざるを得なかった上での、子供の防衛手段なんです!

実は言葉に出す出さない関わらず、子供は親に失望感を持ってしまっています。
その親に「変われ」と暗に意味されても、納得できません。
それでは自らの足で立ち上がろうという気力も削いでしまいます。

ですので、子供に変われと言う前に、親御さん自身が変わる意志を持たなくてはいけません。
それまでの親の態度があるからこそ、ますます問題が悪化してきた、この事実を重く受け止めて、これからは親自身が変わることを見せることで、または子供が感じることで、はじめて、子供も「変わらなくちゃ、なんとかしなくちゃ」と思い始めるのです。

僕の経験上、不登校の子供は重度の社会不安障害、学校恐怖症を除き、親が変わることで、はじめて子供も克服に向けて動き出し、社会に戻っていっています。
しかし、一方的な要求だと、ずっと親が死ぬまで、いや死んでからも逃げ続ける人生になってしまうでしょう。

本当に親が変化すると、子供の態度にも驚くべき変化が起きるはずです。
親もそのためにはぎりぎりの精神状態ではいけないと思います。
親が余裕があってどっしり構えているからこそ、子供は安心して歩み出せるんです。
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岩波先生のセミナーやプログラムについて

2011/08/17 15:01
僕は親に連れられて岩波先生の所を訪問しました。
でも、きっかけは親でも、実際に受けるのは僕です。
中には、親が無理矢理岩波先生のところに連れて行けば何とかなる、と思って、連れてくるケースがあるみたいですね。

これは最悪です。
万が一、その子供が岩波先生のことを好きになったとしても、親に対して反発をするでしょう。
ましてやそれまでの流れで、親子関係に亀裂が走っている場合、ちょっとやばいです。
僕に置き換えると、僕はある程度自主性があったんで、親が連れて行かなくても、積極的に通っていました。
結果、僕の人生ががらりと変わったわけですが、それを可能にしてくれた岩波先生の能力を持ってしても、できないことがあります。
それは、自主性のない人をいい方向に変えてやることです。

深いトランス状態に誘導してくれて、暗示を入れてくれさえすればいいじゃん、と軽く思っている人もいるかもしれません。
岩波先生の評判の高さから勝手にそう受け止める人もいると思います。
でも、そういう感動している人は、自主性を誰よりも強く持って、プログラムを真剣に受けています。
(体験記を読めば、その人の取り組み具合がわかります。みんな頑張った人たちばかりです)

でも、暗示は他者暗示といっても、最後は自己暗示みたいです。
僕もそう思いましたね。
つまり、暗示をかけるのは最終的に自分でしかいない、ってことですね。
嫌々連れてこられた人間が、いくら変わりたい気持ちがあったとしても、自主性なんか発揮できるはずないし、暗示にかかる自分を絶対受け入れません!!

なので、親だけがやる気になっても、当人が受ける気なしなら、先生の時間の迷惑になるので、プログラム参加を遠慮しておいた方がいいと思います。
僕も無理矢理だったら、絶対に気分が晴れないまま通って、暗示にかからなかったし、家での課題なんてやらなかったなー。
ここが本人以外が申し込みする時の一番の問題ですよね
先生も最初からそういうケースはわかるので、断っているみたいですが。

あともう一つ、あります。
親が無理矢理のケースで、当人が先生を気に入った場合もあります。
これを期待して、親は嫌がる子供を連れていくわけだけど、さっきも言ったように、親子関係がますますこじれます。
先生は好きだけど、親が嫌いだから、あえて通わない、という選択肢です。
この気持、僕はよくわかります!
親の困った顔を見たいから、反発して通わない、ってことですね。

それに、岩波先生のプログラムは、とっても特殊で、自主性を持って望まない人にとっては、すごくレベルが高すぎて、また他に二つとないものだから、「なんなんだ!?」と思うはず。
日常からは想像つかないものだから、心に負担がかかるかもしれません。
もともと神経が細くなっている人にとっては、無理矢理連れてこられた世界に驚くと思います。
カウンセリングじゃないんだし。
(そりゃ、驚きますよ〜! とにかく驚愕の世界なんだから。ある程度脳の動きや催眠、暗示、瞑想を経験してきた人なら、クッションがあっていいらしいけどね!)

自らプログラムの申し込みをする人には関係ない話ですが、僕を含めて、親や第三者が連れてくるケースが多いようなので、その時の当人の心理を書いてみました。
子供だけじゃなくて、成人した人も連れてこられてくるケースもあるのだから。

最後に、先生は子供の扱い方がとても上手です。
大人でも手玉にとるように扱い上手ですが、だからといって、プログラムに少しも自主性を持って望めないケースの人は、今後の親子関係のためにも無理矢理連れて行くことだけは避けましょう。
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不登校の子供を抱える親御さん達へ

2010/10/22 21:53
親から見たら、もしかしたら登校拒否に子供がなってはじめて、問題が発生すると思っている人もいるかもしれません。
うすうすちょっと様子がおかしいな、元気がないなと思っているうちに、ある日を境に不登校になり、親も子供も処理しきれない問題に発展したと思っているかもしれません。

どちらにしても、不登校が始まった日から問題が始まったわけではなく、もっともっと前から、子供はたくさんのストレスや恐怖感、孤独と戦ってきたんです。
僕は不登校になるまで、えらくエネルギーを費やして、やっと学校に通っていました。
前にも書いたけど、僕もそうだったですけど、不登校になる子供のほとんどは「学校に行かなくちゃいけないのに、学校に行けない」という板挟みで苦しんでいるわけなんです。

何で自分だけこんなに生きにくい状態になってしまったんだろう・・・・と思いながらも、必死で自分に鞭を打って学校に行ってました。
たくさんのことを模索したり、あれこれ解決方法を考えたりしたけど、学校恐怖症、対人恐怖症といったものは解決できないものでした。
そういう神経症(あるいはうつ病)による不登校のケースは、みんな「学校に行かなくちゃいけない」と思ってきた人間です。
だから、耐えながら登校してきました。
これをわかって欲しいと思います。

中には怠けて甘えて不登校になっている奴もいるけれど、うつ病の問題と同じく、そういう非常に少数の人間を例に挙げて、不登校=怠けているというレッテルを貼ると、ずっと耐えて頑張ってきた子供の心の行き場はどこになってしまうんでしょう?
背負いきれないからこそ、ついに限界が来てしまって、ボッロボロに疲れ果ててしまうんです。
そりゃ、部屋に引きこもりたくなるし、何をするにしてもやる気が起きないし、そんな自分に嫌悪感を持ったり、不安でいたたまれなくなって、しかも孤独で耐えているんです。
一日中布団に入って寝ていたり、ゲーム三昧になって昼夜逆転をしているのも、耐えすぎたからこその反動です
(だからといって、それをずっとやり続けるのは経験上ダメだと言っておきます。不登校ということを受け入れてくれた親のためにも自分を律して生きることはすべきです)

あまりに緊張しすぎて、更に鞭打って緊張させて生きてきた上に、親や世間は「学校に行け!」と言い放ちます。
「気の持ちようでどうにでもなる」「もうちょっと頑張って学校に行って」「根性が足らんぞ!」と言われたって、これ以上どう頑張れば?
これはうつ病の構図と同じですね。
うつ病の方に「頑張れ」という無責任な人がいますが、ものすごく頑張ってきた人間に鞭を打つような言葉です。

不登校はうつ病以上にそういう意味では理解されにくいのかもしれませんね。
だって、不登校は症状名ではないですし、僕の場合は学校恐怖症、社会不安障害だからこそ、不登校になってしまったわけですからね。
どうか、親御さん達は、不登校になったその裏の原因を見逃さないでください。そして努力を必死で続けてきて、ついに限界が来てしまったことも認めてやってください。
認めず上から強引に「学校に行け」と言われると、「あんたに俺の心がわかってたまるかー!!」と殻に閉じこもってしまうんです。

親に心を閉ざすってことは、あらゆる人間にも防衛本能を働かせてしまいます。
無理矢理学校にその後に行って卒業できたとしても、その子供がどうなっていくか、僕は想像が容易につきます。
幸せな人生になることはありえないでしょう。
宝くじに当たったとしてもです。
心の傷や問題は、決してお金では埋め合わせできないものです。
埋め合わせができない大きなおぞましい穴を一生抱えて生きることほど、悲惨なことはないと思います。

子供はそれまでかなり頑張ってきたはずです。
親は「それでも俺は乗り越えてきた。だからお前もできる」なんて言う人もいそうですが、親の頑張り以上に神経をボロボロにしながら頑張ってきた結果が、不登校です。
まずはその頑張りを受け入れて欲しかったです。認めて欲しかったです。
そうしたら、必要以上の否定的な感情を自分に対して、親に対して持てなかったはずです。
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出社拒否症候群と会社恐怖症、そして鬱病

2010/09/13 22:10
以前、会社の友人が出社拒否症候群(会社の不登校)に陥ったことを書きました。
ちょうど1年前でした。
出社拒否症候群の友人のこと 〜大人の不登校〜
がその時のブログです。

その後、友人は漠然とした出社拒否症候群から会社恐怖症になってしまい(つまり悪化ですね)、さすがに僕は心配になったので、相談に乗りました。
僕の過去の経験をよく話しましたし、その時の気持や不安感、恐怖なども言いました。
登校拒否も出社拒否症候群も、心理面で言えば非常に似ているので、友人もホッとしたんだと思います。
お酒も入っていたのですが、ボロボロ涙をこぼしました。

部署は違いますが、パワハラや仕事へのストレスで大変な思いをしていて、いわゆるサザエさん症候群(次の月曜日の朝を意識してしまい憂鬱になる)から始まったそうです。
日曜日の午前中まではとてもリラックスできていたそうだけど、日が落ち始めると(冬は特に)心が沈み込んでいったそうです。

理由は何でかわからなかったそうだけど、抑うつ状態がずっと続き、金曜日の退社後から日曜の午前にかけて、気持が戻ることをずっと繰り返していました。
たしかにテンションが一番金曜日、土曜日にあがっていたような・・・・・

職場の人間関係の悩み、特に上司との関係がまずいことになってから、完全に出社拒否症候群、そして会社恐怖症へとなっていったわけだけど、一番の僕の心配は鬱病の恐れです。
退社していった人もいれば、風の噂によれば自殺したなんて怖い話も聞こえてきます。
しかし、僕の会社だけじゃなく、ある程度大きな会社や職場で働いている人は、○○が自殺した、鬱病になって戻ってこない、という話を聞いていると思います。

僕はいま仕事にストレスを感じていませんし、ストレスがあったからって関係ないと思っています。
不登校、引きこもりの時のストレス、心理的抑圧に比べたら、屁でもないし、お金までいただけるんだから、いうことはない!
とはいえ、社会は厳しいことに変わりはないようです。
会社や上司、同僚のプレッシャーに押しつぶされても、会社の責任ではなく、ストレス耐性のない潰れた本人が悪いという風潮がやっぱりどこかにあります。
甘いから、弱いから、この一言で片づけられてしまいます。
こんな厳しい現実を生きていかなければいけないから、10代や20代のはやいうちに、メンタルタフネス、ストレス耐性をつけて、社会に挑んでいきましょう!

言ってみれば、覚悟を持っている人間ほど強いし、目標設定がしっかりしている人間ほどぶれない人はいないってことです。
社会や人間に振り回されるために生きているわけじゃないから、今回の友人の出社拒否症候群の出来事をきっかっけに気持を新たに頑張っていきたい!
僕が頑張っている姿を示すことができたら、「人は立ち直れるものだ」という証明にもなるし、どんなアドバイスよりもいい影響を与えるに違いないから。

抑うつ状態(鬱病になりかけの人)にアドバイスや励ましの言葉ほど、意味のないものはないと思います。
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ブログをはじめて4年半。悩める人に岩波先生の言葉・講演集をおすすめします

2010/08/15 11:32
ブログをはじめて、4年半ほど経ちます。

そして僕が不登校だった時の時代から見たら、今はだいぶ不登校対策(いわゆる社会的インフラ)も進んできたと思います。
でも、まだまだと言っておきましょう。
悩む時、一人だけだとますます自分を追いつめちゃうけど、そんなとき友人・家族以外でもすぐ悩みを打ち明けられる環境があればもっといいのにと思いますね。

でも、不登校は心の病気です。お医者さんに相談しましょう! じゃ嫌ですけどね。
薬を飲まされて、ぼやけた精神状態で青春時代を過ごさなくちゃいけない悲惨を味わう可能性もありますから。
話をじっくり聞いてもらえるなら、大歓迎ですけどね!

で、最近、Dream Art Laboratoryが大幅に更新されていることに気づきました!
そこで、僕が是非とも悩める人に読んでもらいたいのが、僕の不登校(&神経症)克服の恩人であり、コミュニケーション能力も身につけさせてくれた岩波先生の考え方が書かれてあるサイトです。

もしこの考え方が合わないなと思ったら、僕のブログもあわないと言うことだから、その時は右上の閉じるボタンを遠慮無く押して下さい。
おすすめの岩波先生のサイトですが、http:www.mind-artist.com/kotodama/
です。
リンクはこちら

僕は心の弱点や悩み、苦しみを克服するには、そして何よりも強くなるためには、この考え方しかないと思います。
また、その気持を植えつけるためにプログラムを受けるわけですけど、何度も書いていますが、めちゃくちゃ凄くて、強力なプログラムです。
自主努力もやらなくちゃいけないし、それは当たり前のことだけど、先生から言われた言葉があるからこそ、僕も今もこうして更新はスローペースながらしていますし、それぐらい影響を受けています。
先生の言葉/講演集というものを読めば、僕が言いたいことを書いてあるので、このブログはいらないと言われちゃいそうですが、まー、僕みたいな者の考えや体験も必要かなと思っているので、まだまだブログを続けたいと思います。

更新はいつになるかわかりませんが・・・・(^_^;
でも! 僕と同じ境遇の人の力になりたいと本当に思っています。
せっかく生まれてきたんだから、自分の自由に生きたいですからね!
みんな、できるよ! きっとできる! 必ずできる!
自分を信じよう。
自分を信じずして、誰が信じてくれるんだ?
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30歳のひきこもりが起こした愛知一家5人殺傷事件に思うこと

2010/04/21 14:33
いやな事件がありましたね。
元ひきこもりで、不登校だった人間として、大注目の事件です。

簡単な概要はこちらをお読み下さい。
とうとう爆弾岩が破裂してしまいました……


『週末の未明、寝静まった住宅街に、救急車と消防車のサイレンが鳴り響いた。

 愛知県豊川市で17日未明、2人が殺害された一家殺傷事件。逮捕された長男は約15年間、家からほぼ出ない生活を送っていたという。「家族の間に何があったのか」。突然の惨劇に、付近の住民は唇を震わせた。

 逮捕された岩瀬高之容疑者(30)は、死亡した岩瀬一美さん(58)の長男で、両親と弟ら6人と同居していた。県警豊川署の調べに対し、高之容疑者は、包丁を手に家族や親族を次々と襲い、自ら住居に火を放ったと供述している。

 同署の調べでは、高之容疑者は犯行前に2階で寝ていた母、正子さん(58)に、懐中電灯を照らして「インターネットを解約したのは誰だ」と尋ねたという。

 刺された岩瀬さんの三男文彦さん(22)の内縁の妻、金丸有香さん(27)は「助けて。助けてください」と、近くのアパートのドアをたたいて回った。叫び声に気づいた男性がドアを開けると、金丸さんは「包丁で刺された。家が燃えている。赤ちゃんが2階にいる」と伝えると、その場に崩れ落ちたという。

 近所の理容店の男性は高之容疑者について「いわゆる『引きこもり』で、たまにポストから郵便物を取り出しているのを見かけたくらい。細身でひ弱な感じで、半年に1度くらい訪れていたが、店内でも無口だった」と話した。近所の人と顔を合わせても目をそらし、言葉も交わさなかったという。

 約1年前、文彦さんが金丸さんと友美ちゃん(1)を連れて実家に戻り、同居するようになると、岩瀬さんや文彦さんらといさかいが絶えなくなったという。近所の女性は、「男同士がどなり合う声がたびたび聞こえた。自宅前にパトカーが止まっていることもあった」と振り返った。

 県警豊川署によると、岩瀬さん方からは13日と15日朝に110番があり、パトカーが出動する騒ぎがあった。13日は高之容疑者が、岩瀬さんの身分証明書を勝手に使い、銀行に口座を作ろうとしてトラブルになったという。

 15日は「兄弟がもめている」との内容で、いずれも駆けつけた署員がなだめて騒ぎは収まったという。』



ひきこもりも15年続くと、社会をにぎわす事件にまで発展してしまう可能性もあるんですね。
でもみんながみんななっているわけじゃなくて、このケースは親の通帳を管理していたり、かなり特殊です。
精神鑑定がどうとか言っているけれど、通帳の管理については、岩瀬高之容疑者をのさばらしただけだし、これは絶対やっちゃいけなかったかな。
精神鑑定の結果がどうあろうと、そこは親の大失敗だと思います。
高之容疑者以外でも、複雑な家族環境だったのはあるとしても。

今後ますます「ひきこもり」への風当たりは強くなるでしょう。
この事件は、特殊な例と片づけられるのか、すべて一緒にとらえられて、ますますひきこもりが「やばい人間」と見られるか今後見守っていきたいです。
でも僕はかなり特殊な例だと思ってます。
親の通帳を管理していたとか、家族の郵便物を勝手に捨てていたとか、クレジットカードでものすごい買い物をしまくっていたとか、警察をしょっちゅう呼ぶ対立関係になっていたとか……

本人の甘え、親の情けなさで片づけるのは簡単だけど、僕が思う一番の問題は、彼の精神的な問題が起きた初期に(この場合は10代中盤あたり)対処できずに、ズルズル行ってしまったって事でしょうね。
そして、とんでもない怪物が生まれてしまったわけです。

警察の初動捜査じゃないけれど、何か事件や問題が起きた時、スピードが大事だと思います。
15年もひきこもって、しかもその中でしたい放題じゃ、何をやっても本人は変わりようがないと思う。
変わりたいなんて動機はまったくなくなるだろうし。
やっぱ本人に変わりたい動機やこのままじゃいたくない危機感がないと難しいな。

ひきこもりぐらい、ある程度の充電期間ととらえれば、別に否定しないし、僕も経験してきました。
けど、居場所にして暴君にしてしまうと「ひきこもり」も絶対的な悪になりうるんだなと思いました。
もちろん何十年引きこもっても、とっても優しい人はいると思います。
でも、その場合の優しさは弱さなんだと思います。

僕はひきこもりだったと友人に告げても、何の負担も感じないし、友人も「へー、そうなの」という感じです。
「全然みえないな」とも言われる。
つまり今が大事ってこと! 一時期ひきこもりだっただけじゃ全く関係ない。
いま不登校になってひきこもりになっている人でも大丈夫! 希望を持ちましょう!
芸能人でも「ひきこもり」のカミングアウトなんかざらにある。
ひきこもりから脱出したら何でもない現象だけど、ずっとひきこもり続けるとは劣等感と余裕のなさにますますつながることは僕もよく知ってます。

心のはけ口はネットや匿名掲示板、ゲームじゃ得られないってことですね。
ますます心の闇が鬱積していくだけ。
体を動かすことで、心から抑圧が抜け出ていくんだと今思います。

いずれにしても、いつかは「ひきこもり」から旅立たなければ。
そのための充電期間ならどんどんして下さい!
親も生温かく見守って下さい。
でも、両人ともその先は「旅立つ」ことを念頭に置くならです!


仕事の休み時間にヤフーニュースを見ていたら、このニュースがトップで載っていました。
そこで一気に書き上げました。
それでは!
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環境が悪くても運が悪くても、自分があればやっていける 不登校ブログ

2010/03/01 18:17
かなり久々になってしまった……
冬季オリンピックも終わり、つぎはサッカーワールドカップですね。

受験シーズンもほぼおわり、悲喜こもごもといったところでしょう。
就職活動は超氷河期。

うーん、年代によって恵まれている世代、苦しい状況の世代っているから、世の中不均衡ですね。
それでも、不均衡でも運が悪くても生きていかなくちゃいけないと思っています。

これは不登校や神経症のこと、思春期の心理状況についてのブログだから、無理矢理絡ませると、
つまり、環境に一々左右されていたり、運が悪く生きなくちゃいけないとしても、自分をしっかり持っていれば絶対やっていけるんだってことです。

人のせいにしたり、環境のせいにしたり、運の悪さを呪ったり、いつまで経ってもそれをやっていたんじゃ、幸せになれないなと思います。
自分さえしっかり持っていたら、不登校で道を外れたように思っても、どこかで巻き返しがきく。
道を外れたように思わせるのは実の親かもしれないし、世間や学校の教師かもしれない。
けどさ、所詮、そういう人たちの考え方であって、自分には何にも関係ない。

だから堂々と生きようってことを言いたいです!

自分や自信を喪失して生きさせようと周りはするけれど、そんなことにつきあっちゃいけないよ。
環境は常に変化する。
都合がいい時だって悪い時だってある。
けどさ、自分はいつだって変わらないんだから。
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不登校でも引きこもりでもええやん

2009/11/30 16:39
中学、高校いかなくたって、大検を通して大学に行けるし、通信制の学校もたくさんできてます。
あんまり、目先のこと(学校いけ!)ばっかりにとらわれていると、親子関係に重大なひずみがでてきますでしょうし、もっと先を見据えた余裕を持った対応が欲しいかな。

でも、子供側も不登校になるなら、ちゃんと親への「約束」をつくった方がいいと思います。
中学、高校いかなくてもいい代わりに、ちゃんと勉強をして、大検をとるとか、通信制の学校に行くとかね。

学校の勉強は社会の役には立たないことの方が多いです。
でも、勉強をするという行為自体が、「嫌なことでも頑張る能力」を示すことになります。
だから、学歴を重視する会社がなくならないわけですね。

学歴偏重は良くないけれど、勉強はしておいた方がいいし、本をたくさん読んだ方がいいと思います。
頭でっかちにならなければやりすぎることはないと思います。

ちゃんと最低限のことをしていれば、別に不登校でもいいと思うし、引きこもりも先々抜け出す決意さえあれば、充電期間として「あり」だと思います。
親は視野が狭くなって、強迫的に学校いけ! 勉強しろ!なんて言うけれど、まだまだ時間があるんだし(10代は時間を取り戻せます、いくらでも!)、巻き返しができる。
薬漬けは良くないと思うから、薬飲んでまで無理に学校に行くよりも、不登校になった方がいいと思ってます。

人生には退避場所は必要だと思うし、繊細でもろい思春期に逃げ場をなくしてしまうと、精神が病むだけです。
僕も病んだ精神状態のやばさを経験してますんで、そこからの回復にはかなりエネルギーを費やしてしまいます。

不登校をせざるを得ない状況に追い込まれた人は、やることだけはちゃんとやっておいた方がいいです。
それさえしていれば、不登校になろうが、引きこもろうがかまわないと思います。
だって、その時の積み重ねを、どこかで発揮したいと必ず思うだろうし、その時立ち上がればいいんです!

最近、特にそう思うようになってきました。

一歩下がって二歩進めばいい。二歩下がっても、三歩進めばいい


ねこすけ
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不登校や引きこもりの子供に薬は是か否か

2009/11/13 18:45
僕(ねこすけ)が、もし親から精神科に連れて行かれていたとします。
そして精神科医から向精神薬を飲まされ、薬依存せざるを得なくなっていたら、親をもしかしたら恨んでいたかも。

当時の僕は、心理カウンセリングを受ける必要があったけれど、精神科で苦しさが治るって言われたら、薬を飲むこともいとわなかったかも。
無知だったからです。
僕(学校恐怖症・対人恐怖症・社会不安障害)が薬を飲めば治るなんて甘い言葉をかけられたら、とても魅力的にうつったことでしょうね。結果的にそうならなかったけど。

実際精神科で簡単に治るほど、世の中と人間の精神病巣は甘くないわけだけど。(薬で治っている人の割合はとても少ないそうです)
今では僕も薬服用で治るほど簡単じゃないと思ってます。
でも、当時はためらうことなく薬を服用してたでしょうね。

母親が言うは、抗うつ剤や抗不安剤を飲むと、普通の脳の働きができなくなって、よけい動けなくなるとのこと。
抗うつ剤を飲むことで仕事にちゃんと通えている人もいるでしょうし、一概には決めつけられないでしょうが。
母親が、精神科医絶対主義者だったら、たぶん精神科に連れて行かれたでしょう。
もし薬を飲んでいたら、僕の症状が解決できたかというと疑問に思ってます。
違うアプローチで克服できたからこそ書けますが、潜在意識の原因を特定して働きかけをして僕は良くなったから、対症療法アプローチは納得できません。
一時しのぎは解決を先延ばしにするだけかな。

薬で抑えて生きる人生は嫌ですから。
人工透析とか受けなくちゃいけない人なら、別ですよ(薬がなくちゃいけられない人は別です)。
でも、正常な心の働きを常にしていたい気持の強い僕は、薬でごまかしていきたくないんです。
そういうところ、潔癖なのかもしれませんね、僕は。

そこで、不登校や引きこもりの子供に薬を飲ませることはいいことか、悪いことかという議論になります。
不登校、引きこもりと言っても、様々な原因があるから、必要な人もいるし、逆に薬がその人の未来の可能性をなくしてしまう可能性もあるわけで。
森を見て木を見ず方式で、画一的に不登校、ひきこもりには薬を与えるのだけは避けて欲しいとこです。
統合失調症、アスペルガー症候群、適応障害、社会不安障害、学校恐怖症、勉強嫌い、人間不信とかたくさんの原因があるわけだから。

僕は神経症(つまり精神病じゃない)だったから、薬は必要なかったと思います。
それに薬なしで社会に入ることができました。
飲まないで良かったな〜。

僕個人は心理療法がたくさん増えて、薬だけじゃない解決法が増えることを願っています。
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同じ岩波先生不登校克服プログラムの仲間の親御さんのブログ再開

2009/09/28 17:41
ねこすけです。

僕が通っていた岩波先生の不登校克服プログラムを受けた人の親御さんのブログが再開されてます。
といっても、直接面識はないですが、どうやらお子さんは海外行って、もまれて帰ってきた様子です。
おそらく僕の先輩に当たる人の親御さんですね。

http://hogoshanotsudoi.blog99.fc2.com/
というマームさんのブログです。
タイトルは『私と息子の神経症的不登校脱却戦争 勝利の体験記

ブログ名通り、僕ねこすけと同じ神経症(SAD?)が原因による不登校・学校恐怖症だったらしいですね。

大検をとって、志望大学を受かって、海外行って、とたくましくお子さんが生きています。
こういうブログを読むと、母親って大変なんだなと思っちゃいますね。

当事者だった僕からじゃ、とうてい想像つかない精神状況に追い込まれていたんだろうなあ。

何はともあれ、同じ岩波先生の下から巣立っていった仲間の近況がわかり、負けていられないぞと張り切るねこすけでした。
海外武者修行ですか、うらやましいです。

こういうブログの形であれ、刺激を与える、与えられるっていいものですね!
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不登校の本質は、学校に行く義務感をしっかり持ちながらも「行けない」こと

2009/09/25 15:58
不登校の人は、何も学校に行きたくないからいかないわけじゃないです。
学校に本当は通いたいとまではいわないけれど、「通わなければだめなのに、通えない」状態だと僕は思ってます。

だから、不登校の人が怠け者だと思ったら大間違いです。

学校に通わなければダメっていう義務感をしっかりもっていながらも、通えない状態だから罪悪感を感じて、ますます殻に閉じこもらざるを得なくなるわけですね。
甘え、怠けだといわれるとますます心が傷つくし、ますます人間不信に磨きがかかってしまうんです。

それでも我慢して学校に通っている人から見たら、そりゃ甘えがないわけじゃないですが、もう個人的に解決できる問題の範疇を超えてしまっていることはほとんどです。

親や周囲の人はまずそこを気づくべきだと思うし、子供の心や気持ちをちゃんと汲んだ上で、今後どうしていくのかちゃんと胸襟を開いて話し合うべきだと思います。

親がまず胸襟を開かなくちゃ、子供は開きようがありません。
親が原因の不登校だってたくさんあるのだから。


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出社拒否症候群の友人のこと 〜大人の不登校〜

2009/09/10 12:44
ねこすけです。

登校拒否とか不登校といえば、小学生から高校生の年代の問題ですよね。
でも、出社拒否という問題が僕ねこすけの身近にもあるんです。
僕はちゃんと出勤してますけど、友人が出社拒否症候群ともいうべき状態に陥っっちゃってるのです。

友人は学校は大学までほとんど休まず通ったそうです。
昔の僕みたいなメンタルに問題を抱えていなかったのに、大人になり社会人になったら
出社拒否になってしまいました。

最初は体の具合が悪い、病気をしたって会社に告げて、よく休んでました。
まさかメンタル面の問題で休んでいたとは思わなかったです。
会社のほうでも扱いに困りはじめてます。

友人は鬱病かもしれないけど、詳しいことはわかってません。
連絡も取りづらくなっているんで。
出社拒否といっても働きたくないから出勤しないわけじゃないのです。
不登校と違って、出社拒否していれば困るのは本人ですから。

学校は休んでいても親が養ってくれます(まあ、甘えですね……汗)
だから安心して(?)学校を休めます(語弊がありますが……)
未来への不安を抱えていても、もしかしたら時間が解決してくれる期待も僕にはありました。
あの年代の最高の資源は「時間」ですからね。
認識が甘いと言えば甘いですけどね。時間なんてあっという間だし、神経症なんて時間が解決してくれるほど甘くはありません。逆に強化しちゃいます。

社会人ともなると給料はもらえない、仕事もなくなるかもしれない、再就職の問題もある(この不況だし)
友人はいっそのこと鬱病の診断書を持って会社に休職することを伝えればいいのに、まだしていません。
会社側もよく休むのに理由がわからないとなると、解雇も考えているかもしれないし。

解雇は彼にも精神的ショックも大きいだろうし、何とかならないかな〜。
なかなかアドバイスしづらいところもあります。
なぜって、「鬱病だろう」ということが相手の失礼に当たるかもしれないから。
心療内科に行ってみたら? とかカウンセリングにかかってみたらとかも人によってはプライドが傷つく恐れもありますからね。それに、メンタルの問題は本人がその気にならなくちゃ解決しない問題です。
本人もなぜ出社拒否になっているのかもしかしたらわかっていないのかも。
たぶん病院にも行ってないでしょう。

昔不登校じゃなくてものちのち出社拒否になってしまうと、
先にメンタル面で問題を克服しておいた方がよかったかもなんて思っちゃいます。

生きるって思春期でも青年期でも壮年期でも老年期でも大変なことなんですね。
働き盛りなのに鬱病で会社を辞めてしまう上司(15歳年上)もうちの会社にいました。

もし友人が鬱病で会社に来られなくなっているのだとしても(そう会社に報告しても)、先行きはあんまり明るくないかもしれない。
鬱病は鬱病でとても大変ですから。
ただただ一刻もはやく友人の回復を望むばかりです。

最近は連絡も取れなくなっているし心配です。

出社拒否を不登校だったねこすけから語ったブログでした。
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不登校になる中学生 その時、精神的な危機が襲う

2009/08/26 20:14
中学生というと、大人と子供のはざまで、とっても中途半端。
自意識が芽生え、子供の時の快活さも消える人も多いですね。
勉強についていけなくなって、学校がつまらなくなったり、人間関係で本格的につまづく時期でもありますよね。

僕、ねこすけも中学3年の時に不登校になりました。
ほんとうに中学生というのは心の危機にもろい年代ですよね。
中学一年生の時よりも二年生、二年生よりも三年生のほうが自意識が発達するだけ厄介かも・・・・

でも、心の危機なんか高校生でも大学生でも社会人でも中年、老年になってもあるけれど、
いかんせん中学生は経験がないから、危機に直面した時脆く崩れてしまうのです!
ここで大人が支えてくれると立ち直りも早いと思うんです。
僕が頼れる「大人」に出会ったのもかなり後年になってからです。

そんな都合良く正義の味方参上!なんていかないのが世の中ってもんです。
親は親だからこそ子供の心を知らず知らず踏みにじっているし、わかっているつもりがわかっていなかったり、
自分の子供だから見えなくなっているんですよね。
だからあんまりアテにできない。もし親がアテにできたら幸せです。
昔は教師も非常に優れている人がいたけれど、今はリスクを恐れるヘタレが多くなっているのが現実。

いったい中学生はどこまで漂流していくのでしょうか。
いつか無人島に流れ着くのではなく、立派な社会生活ができる大地を踏みしめて欲しいなぁー

僕の中学生時代はまさに精神的な危機でした。
不登校の中学生は、勉強が嫌っていうより、学校のシステムと人間関係、教師などの問題の方が大きい。
勉強ができなくても仲間がいれば学校通っていて楽しいだろうけど、人間関係がダメになるとすべてがつまらなくなっちゃう。
しまいには神経症になっちゃったし。
学校恐怖症でした。だから不登校になったのです。
中学生は何にも知らないくせに自意識だけは繊細に育ってしまうから一番厄介だと思います。

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親と子供の乖離(不登校・引きこもり) 心理セラピー、カウンセリングを受ける時。

2009/07/19 23:58
ねこすけです。

僕は最終的に岩波先生の心理プログラム(心理療法)を受けて、壁を乗り越えられました。
親が紹介してくれたことがきっかけだったけれど、もし心理セラピーやカウンセリングというものに
僕が強い拒否反応を示していたら、おそらく通ってなかったかもしれないです。。。
実際すごく気が進みませんでしたし。
受ける前から何がわかるんだと、岩波先生のプログラムを受けた人に怒られるかもしれないけれど、何をするにしたって億劫でしたね。

親は子供が立ち直ってもらいたいと強く願う。でも子供はその親の気持ちがありがた迷惑。
じゃまくさい、うざい、消えろと思っちゃう。
うーん、難しい問題です。
まして、ひきこもりが続いている子供が外に出て何かをやるってことは相当覚悟が無くちゃダメです。

心理セラピーは実際に受ける人間がやる気を持っていないと先に進めません。
心理カウンセリングもそうです。
病院治療もそうですね。薬をもらっても、実際に僕が飲むことを拒否したら、治療にもならないわけです。

不登校やひきこもり、ニートの時って、今も状況は良くないけれど、外に踏み出す苦痛に比べたら、引き籠もっていた方がいいと思ってます。
そこが自分の居場所だったけれど、そこをぶちこわしにされる恐怖感を子供は持ってます。
親が無理矢理学校に通わせようとしたり、どこそこのフリースクールに行けとか、カウンセリングを受けようという行為ですね。
自分の聖域を侵される恐怖感を持ってます。
嫌で嫌でたまらなかったです。
居場所を奪うな! 全身全霊反対しようと思ってました。

けど。。。親はなんとしてでも、子供が外に出て、学校に通って、社会に出てもらいたいわけです。
そうじゃないと心配でしょうがない。
世の中を見まわしたって、犯罪を犯している人は引きこもりだったり、無職だったり、ニートだったり。
やたら眼につきます。偏見もあるかもしれないけれど、当たっているところもあります。
無職じゃなくても、社会的なスキルや人間関係構築スキルが皆無なため、職を転々をしていたり、派遣切りにあったり、定職に就けない人の犯罪が多い(思いこみ含めてです)。
親からすると、それがすっごく恐怖なわけです。
まさか自分の子供が恐ろしいこと実行してしまったら、親としての立場も人格・人生までも全否定をされるぐらいだと思います。
世間体を特にきする親だとその緊張と不安がマックスに達します。

だから!
なんとしてでも、他の年代の子供と同じ道をとりあえず歩ませたい。
ドロップアウトさせたくないと思いこんでいる。
僕もその気持ち、よくわかります。
自分の子供にいろいろ思い描いていた夢が、厳しい現実の前に次々と潰えてしまってる。
子供からしちゃ、勝手にお前がそう思っているだけで、無理に俺に適用するなと反発するでしょう。
あんたの希望なんか知ったことか!なんて。
僕もそうでした。

子供からすると、精神的に腐っていくのは感じながらも、それが一番楽な道にも思えてしまう。
責任を持たず、荒波に揉まれないまま暮らし続けることはとりあえず楽です(以前のブログに書きました)。
ゲームやネットをしていりゃ、暇はつぶせるし、楽しいし、熱中できるときもある。
その安楽な世界を親は土足で踏みにじって、無理矢理学校やカウンセリングなんかに連れて行こうとするから、
子供は反発を感じます。

素直な子供は親の言うことに聞くかもしれないけど、そもそも不登校やひきこもりになっている子供は
親に対していろいろなしがらみや怒りや反発を何かしら感じてます。
それを無理矢理カウンセリングに連れて行こうとすると、絶対親子の感情に乖離が生じます

僕は昔の経験からそれがよーくわかります。
だから、不登校解決、引きこもり解決は難しいのは、親がその気でも子供は反発するという構図だと思います。

親から見たら、怠け者の臆病者でそのくせ我が儘者で独裁者でもある子供をどうにかしたいけれど、カウンセリングや心理セラピーは当人のやる気があるかどうかによって効果が違ってくるんです。
あ、独裁者と書いたけれど、自分の居場所を守るために独裁者的なワガママを貫いてしまうと言う意味です。
本当は恐怖と不安で溜まらない独裁者なんだけど。

本人が無理して学校に通ったり、会社に出勤している時、心の悩みや神経症があったならば、苦しい状態を打破するために、自分の意志でカウンセリングやセラピーを受けようとします。
でも、引き籠もったり不登校の時は、とりあえず逃げ場所があるから、自ら現状を打破しようなんて思わない。
一番の楽な道なんだから。
甘えといっちゃ甘えなんです。
精神的に腐りきっていると言えばその通り。
反論できません。
(そこがコンプレックスになって、よけい世の中に出るのが怖くなるんだけど。。。)

不登校や引きこもりって、親と子の心理的な乖離は厄介な問題ですよね。
んじゃ、子供の逃げ場をなくそうとします。
でも、場合によっちゃ、子供はすごく心が荒れたり、家庭内暴力に訴えたりするかも。。。
それが恐怖で親は子供に強く言えない。
家の中にドラクエに出てくる爆弾岩が転がっているようなもんですね。
いつ爆発するかわからない恐怖。

画像


親としては心労が絶えません。
最近、どちらの立場もわかってきているから、両方の心境を書いてみました。

僕はすんなり親のすすめたセラピーを受けることができた方だと思います。
それでも嫌で溜まらなかったから、他は推して測るべしでしょう。。。。
それが今につながっているから、本当に良かった。
不登校の子供は自信を失っているけれど、自信はやっぱり外で行動することでしか得られないと思います。
僕が自信がまがりなりにも持てたのも、岩波先生のおかげもあるけれど、揉まれたことでの自信が大きいです。
時間が問題を解決することが難しいのは、それだけじゃ自信を得られないからです。
どこかで自分で踏み出さなければいけない、殻を破らなきゃいけない、その決心がないと一生マイナーなまま底辺の精神状態で行き続けなくちゃいけない。

もし今不登校とかひきこもりで苦しんでいる人がいるならば、やっぱりどこかで一歩を踏み出す勇気を持って欲しいと思います。
親の夢とか考えとか希望とか関係なしに、自分自身問題としてとらえて欲しいと思っています。
今は逃げ場があるけれど、居場所的にも時間的にも精神的にも逃げられなくなる時が来ます。
その前に抜け出して下さい。
ちょっとの勇気があればいいんだから。
そして、親の思惑なんかうっちゃって、自分の生きたいように生きた方がいいと思う。


同じ精神状態を経験したねこすけの思いを書きつづってみました。
親の立場でも子供の立場でも、このブログを読んで少しでもお互いの気持ちがわかってくれたらいいなって思います。

思った以上に長くなってしまった。おつきあい下さりありがとうございました。
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学校恐怖症と登校拒否症 〜ただの不登校ではなく〜

2009/04/21 15:56
ねこすけです。

僕は言うまでもなく不登校でした。
現象としてはそうです。表面的に不登校児でした。

でも、本質の所は、社会不安障害、対人恐怖症による神経症的不登校だったのです。
もっといえば、学校恐怖症になってしまったから、不登校になっちゃったのです。

不登校になるには理由がありますよね。

勉強が嫌だ!
友達にいじめられた!
先生とうまくいかない! むかつく!
朝起きられない!
仲のよかった友達に裏切られた!
クラスメートのものを盗んだと疑われた!
学校に通う意義を見いだせない!

そして、神経症であるがゆえに学校恐怖症になってしまった
どうも親御さん達(保護者)は、表面的な不登校問題にとらわれている気がする。
学校に登校を再開させれば勝ちみたいな。

僕が前から言ってきたことだけど、学校に無理矢理通えても、次の高校や大学、社会に出ても大丈夫
だとは言えないのです。
不登校になる裏側には大きな大きな抜き差しならない精神的問題が絡んでいるのです!

不登校になった(その原因は何?)

→学校恐怖症だから(なんで学校恐怖症になってしまったの?)

→神経症的な理由があるから、つまり対人恐怖であったり、社会不安障害であるから。

不登校だった子供がまた学校に通い始めて解決したなんて喜べるのは、
神経症的不登校(学校恐怖症)ではない理由の不登校のケースだけです。

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自殺と子供の不登校、心の病との関連

2009/02/26 19:27
ちょっと衝撃的なタイトルを付けちゃいました。
なぜブログに書こうかと思ったかというと、つい最近、母親と話す機会があって、そのときなんと「自殺」というキーワードが出てきました。

なんでも僕が不登校で神経症で苦しんでいた時のことです。
母親は僕が自殺するのではないかとずっと心配して、心を痛めていたそうです。

こんな危うい昔話を話せる余裕が出たのも、僕が精神的に立ち直ることができたからこそでしょう。
もしまだ神経症で苦しんでいたら、「自殺」という話題も出なかったでしょう。
お互い「自殺」に恐れおののきながら、心配しながらも、その話題を避けていたと思います。

悩んでいたときは、「自殺」を常に考えていました。大げさな表現ではなく、「死にたい」と独り言を言っていたのを思い出しちゃうなー。
落ち込んでいたし、ままならない自分にイライラし、先も見えなかったから、いつか自殺するかもしれないと漠然と考えていました。
希死念慮というものですね。

実際あのまま苦しみ続けていたら、人生に絶望して、より身近な選択肢として「自殺」を考えていたでしょう。
硫化水素の自殺方法は当時知られていなかったので、漠然と飛び降りなんかいいかもと考えていました。
すっごい病的だったんだな、と今ブログを書いていて苦笑してます!

僕のような自殺予備軍はとっても多いと思います。
それが何らかのきっかけで一気に一線を越えてしまうのでしょう。
例えば80年代のアイドルだったという岡田有希子さんの飛び降り自殺で何人も死んだらしいし、
Xジャパンのhideのときも、後追い自殺の可能性をテレビでやっていたと思います。
いじめによる自殺がマスコミで大きく報道されると、絶対後追い自殺が出ます。
自殺にはとても勇気が必要なので、自殺予備軍の人は常に機会を待っているに違いないです!

僕は今死にたいとは思わないし、生きてやる、いっぱいいっぱい感動したいと思っています。
どんなことにもチャレンジして自分をぶつけていきたい気持でいっぱいです。
前向きになっているし、だから母親も昔そう考えていたと言うことを僕に話したんだと思う。

僕も「やっぱり自殺を考えてた」と母親に言いました。
「やっぱり・・・・」母親は言葉に詰まっていました。
そんな深刻などんよりした空気ではなかったですが、文字におこすとこんな感じでした。

家族が自殺してしまうことの恐怖は、とくに親の立場にいる人は持っていると思います。(メンタル的な悩みを持っている子供の親の場合)
母親も僕のことが気が気でなかったのは想像に難くありません。
薬の副作用で突発的に自殺してしまう人もいるとかいないとか。

実は当時、自殺して親を困らせてやろうとおもったこともあります。
逆に自殺して親を哀しませたくないとも考えてました。
これが一番大きかったので、自殺行為に走ることは結局なかったし、だからこそ親の薦めで岩波先生にも出会えて、メンタルの悩みを解決できた。
そんなわけだから、いま希死念慮、自殺願望を持っている人は、もう少し待った方がいいと思う。
死ぬ勇気があれば、生きる勇気をもうちょっと出して待ってみようよ!

人は誰だっていつか死ぬわけですから。
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閑話休題

2008/04/16 15:36
このブログはどうしても悩みとか苦しみとかとは無縁ではないので、息苦しいときがあるかもしれません。
そこで息抜きを一つ。

仕事中なのに爆笑してしまいました。

誤変換の傑作迷作22選を紹介します

1「馬食い家内が象サイズになった」(うまくいかない画像サイズになった)
2「○○さんの質問は幼虫以下と思います」(○○さんの質問は要注意かと思います)
3「日本の卑怯100戦」(日本の秘境100選)
4「少額制問題。水野さん大変かを書け」(小学生問題。水の三態変化を書け)
5「何か父さん臭い時がある」(何かと胡散臭い時がある)
6「胸囲ないもんね。ゴメン〜!」(今日居ないもんね。ゴメン〜!)
7「老いて枯れた感じだ」(置いてかれた感じだ)
8「あの人もう重役になったんだって」(あの人猛獣役になったんだって)
9「裸のままですけど、放送しないんですか?」(裸のままですけど、包装紙ないんですか?)
10「肋骨食って下さい」(6個作って下さい)
11「おれは鹿になった」(おれ麻疹になった)
12「漁解禁よウニお願い」(了解金曜にお願い)
13「新宿は謎の郵便局」(新宿花園郵便局)
14「私魔性」(渡しましょう)
15「今日中に強盗見学できます」(今日12号棟見学できます)
16「豚以下集う」(部隊活動)
17「蚊割ると黄なんだよ」(変わる時なんだよ)
18「職辞し田植え出来てください」(食事したうえで来てください)
19「ふんわり祖父と間食が楽しめます」(ふんわりソフト感触が楽しめます)
20「恋人立ち退き説」(恋人たちの季節)
21「口臭か胃の出血を確認してください」(講習会の出欠を確認してください。)
22「あなたの小鳥怪死体」(あなたのこと理解したい)
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神経症とは自分との闘い。克つためには強力なサポートと考え方一つ変えれば大丈夫

2008/04/15 16:34
僕は神経症的不登校でしたが、神経症との闘いがそのまま登校できるか、不登校になるかの大きな分かれ道でした。
岩波先生の元で神経症が良くなり、自分にも自信が持て、学校に通えるようになり、そして今は社会人として過ごしています。

そこでつくづく思ったことが、神経症との闘いということは自分との闘いの何ものでもないということでした。
残酷なくらい、くだらなく情けない、そしてどうしようもない自分に直面しました。
逆に直面しないと、自分を打ち破ることはできません。
敵はトラウマを与えた人間ではなくて、トラウマを背負ってしまった自分しかいないわけです。

頼りない自分で、強敵の「自分」と戦うわけだから、闘い方が鍵になります。
まともに戦ったら、絶対勝てないですよね!!
自分の力でどうしようもない「自分」に打ち勝つためには(混乱しないで下さい)、
策が必要です。
策といっても小細工ではダメです。
小細工を労して自分に打ち勝てるなら、誰だって簡単に神経症を乗り越えられているに決まってますよね。

策というのは、例えば自分一人の力でダメなら、岩波先生のような強力な援軍の支援を得て、「自分」に挑んでいくことがまず一つ。
もう一つは、強敵の「自分」をそっくりそのまま受け入れてしまうことでした。
どうしても神経症の症状、苦しみが嫌で、はねのけようとして排除しようとするけれど、よけい「自分」を強敵にしてしまうだけでした。
情けないところ、どうしようもない弱さを持っている自分をもう認めてしまうことで、強敵だった「自分」はどんどん柔らかくなってきます。
それが自分なんだ、俺なんだ! という覚悟が大きな力にもなるし、武器にもなります。
プログラムを進めていって、乗り越えられると思いましたし、乗り越えられないと感じた時もそれはそれでいい、それでもチャレンジしていこうと前向きな気持になりました。

人間が怖いという恐怖がある自分が嫌で、へっちゃらになりたい! と思うことは逆効果です。
怖いんだからしょうがない。それは潜在意識記から起きていることなんだから、無理に思わなくすることなんか可能じゃない。怖いものは怖いんだ。そう思ってしまうことです。
簡単に文章で書きましたが、それは簡単にはできません。
怖いから排除したいのが当たり前ですから。
だけど、僕は恐怖がある、だからそれがどうなんだ? だから何なんですか? と思えるようになった。

それは、岩波先生の潜在意識への暗示浸透効果、家での暗示の聞き込み、家でなくても時間があれば先生から作ってもらった暗示を聞き込んでいました。
そうする内に理屈の世界ではなく、恐怖感が薄れてきました。
あれ、あんまり恐怖を感じないと思いました。
そこでまた運命の分かれ道があります

神経症が良くなる経験をした人は良くわかると思うけれど、
恐怖をあんまり感じなくて自然体に近い状態に嬉しいですよね。
だけど、心の底でちらっと、また恐怖感が高まったらどうしようと思ってしまいます。
だからこそ、前述した「恐怖? あるのは当たり前、 それがなに?」が必要なんです
岩波先生の暗示法でよく好まれて使われる方法です。
それを脳に浸透させます。ぶちこむくらいにやりました。

最後に。
敵は恐怖を与えている(勝手にこっちが感じているだけだけど(爆笑))人間ではなく、恐怖に対して間違ったとらえ方をしている「自分」なんですね。
この考え方を変えるだけでもかなり楽になりましたよ。
一つ楽になれた時、「ああ、生きられるんだ!」という安堵感は涙ものでした。
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不登校でひきこもり中だと精神が腐っていく!

2008/02/13 15:55
ひきこもり生活って恐ろしいものですね。
精神が腐るなんて言葉は使いたくありませんが、実際そうでした。
腐っていく自分をわかっているんだけど、腐るまま任せてしまう。
じゃあ、それが楽かというと、つらいんですよね

勉強もしないで、何にも責任や義務を負うことなく、漠然と過ごしていると、どんな人間でも、心にもやもやが迫ってきます。
己を律する機会がなくなるって怖いことだと感じました。
不登校でも何でも、自分で己を律することができる人は良いと思います。
好きな道をどんどん突き進めばいいし、世間の目を気にする必要なんてないと思う。
だけど、僕の場合は腐っていく一方でした。

親って、そういうことが経験上よくわかっているから、なんとか腐る前に抜け出させようとする。
だけど、何にもしないのって、消極的な意味で一種楽なんですよね。
楽なんだけど、先がないのもよくわかっている。
心が鬱屈してくるから、これじゃダメだとわかっていても、行動を起こす方が
骨が折れると思ってしまう。
それなら今のままで良いやと感じて生きてました。

学校に通っていれば、何らかの責任感や義務感が課せられる。
それはきついけれど、腐らせないようにするには意義がある。
労働もそうでしたね。

学校生活になじめなければ、他の分野で行動を起こせばいいんだけど、
なかなか見つかりませんでした。
できれば、学校生活以外の価値を自分で見つけられればいいんだけど、
殻に閉じこもっちゃうと、何でも先延ばしにしたくなりました。
武器が何にもない自信のないお兄ちゃん(僕のこと)が一匹いただけでした。

いや〜親から見ると、それってすごく恐怖だと思う。
しっかり育てたいし、そうやって教育してきたのに、逆に過干渉になって
子供と心の溝を知らず知らず作ってしまう。
愛が別の形で子供を追いつめて、すべてがすれ違いになる。
腐る前に何とかしようと無理矢理尻をひっぱたいても、子供は反発する。
それでますます、親も不登校中の子供追いつめられていく。

でも、親が子供を何とかしようと尻をひっぱたいても、結局親の意向に沿った分野で
やらせようとするから、ますます子供は反発するんですね。
それなら、いっそのこと、子供の好きにやりたいようにさせるのも道だと思います。
僕は親がその道を最終的に許してくれたから、非常に楽になることができました。
いろんな意味で親子関係っていう呪縛は強いものですね。
愛情での結びつきなら良いけど、呪縛はもう嫌です。

話を元に戻すと不登校になっても自分の進むべき道をわかっているなら問題はないと思います。
ひきこもっていても、それが研究室に引きこもって、研究をこつこつと追い求めるならば、すごく意義深いこと。
そこまで行かなくても何かにチャレンジしていたら、すくなくとも腐らずに済むし。
(心が腐りきったら、もう生きている価値はないに等しいと思います)。

いくらひきこもりを続けていたって、そんな状況は本人だって好ましい状況だと思っていません。
自分がやりたいことを思う存分やらせてもらえれば、不登校中の本人だって、すこしは親の意向に沿わなくちゃと思う。
当人の心を汲まないで、親のエゴだけで、子供をどうにかするのは間違っている!
一歩引く勇気も必要になってくると思います。
一歩引いて、より大きな成果を上げれば最高じゃないですか。
僕の親が余裕を見せてくれて、その姿勢に変化してくれたからすごく助かった部分がありました。
そうしたら、すごく親に感謝する気持ちが芽生えてきました。
親も心配しているから立ち直ろうという前向きな気持も出てきました。
プログラムを通しての変化もありますし、親子関係の見直しも重要でした。

中には親のエゴで子供無視という事件があります。
それが一番出たのが、足立区梅田で起こった父親による家族への殺人(無理心中)だと思う。
子供を親の所有物だと思っている。
まったく子供の意向を汲んでいない。
ひどい事件だと思います。
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大事なこと 不登校と神経症克服プログラムの岩波先生に教わったこと

2007/07/30 19:28
久々の更新となりました。

「人はどう生きるべきか」「人生にとって大事なことは何か」「何のために生まれてきたのか」
その意義を習ったことは大きかったと思います。(不登校/ひきこもり克服プログラム

生きる上で一番大切なことって、自分の生きている意義を悟ることだと思いました。
親は近視眼的に学校に通う、通わないという範囲でしか子供のことを見られませんでした(それもしょうがないことなんだけど)。
その視点が僕を追いつめ、また世の中の不登校児は余計学校に通いたくなくなるんです!
学校に行きさえすれば、世の中から後れをとらないぐらいしか思っていないし、他力本願ってものじゃないかな。

親が生き様、どう生きるべきかを教えてくれないで、むりやり自分の枠にはめて育てたから、僕は不登校にもなったし、ひきこもりにもなったし、神経症にもなったんです。
だからといって、親に憎しみとか恨みはもうありません。
あるとすれば、もうちょっとマシな育て方ぐらいは出来ただろうっていうとこぐらいですかね。
でも、親だけに責任転嫁するのもいけないですよね。
自分自身にもやっぱり問題はありました。

今は普通に親と接していますし、それに先生のところにつれて来てくれたのは親なんだから、結果オーライという感じです。
もし先生に会っていないと、「どう生きるべきか」を知らないまま平凡に暮らしていたか、心の悩みに押しつぶされていたに違いないです。
これを知ることは無かったんじゃないかな。
親はそういうことを教えたりしないし、学校の先生にしてもそこまで踏み込んでくれはしません。
昔、日本がどんどん伸びていった時代の教師は違っていたらしいですが、今はサラリーマンみたいになってしまったますね。
個性的な先生が排除されてしまう時代です。

遅れてしまったけれど、「どう生きるべきか」の僕なりの答えは、全力で生ききるってことです。
何でもチャレンジしてぶつかっていく、それが命を燃やすことができるし、充実した産まれてきて良かったんじゃないかと思える生き様だと思っています。

話を戻すと、僕が悩んでしまったのは僕本人の認知の歪みがあったのと、親の視野の狭い考え方という歪みが合わさったからでした。要するに、どうしても悩んでしまう考え方、ものごとのとらえ方しかできなかったんですね。
しっかりとした人生のラインを自分で引くことができず、導かれることもなく、周りの状況に振り回されて、ボロボロになってしまいました。
ひどくもろい精神構造をしてました。
コイが水面上にジャンプしただけで、怯えるくらいと言えば、どれだけ繊細で敏感でもろかったかわかるたとえだと思います。

それが岩波先生とカウンセリングを重ねるに従って、いかに非効率的な育てられ方をしてしまったのか
それをそのまま僕は受け取って、歪んだ考えのまま生きてしまったのか気づきました。直接先生が言ったわけじゃなく、そう僕が気づいたんです。
それは先生の深い考えがあって、そういうふうに気づくようにカウンセリングをしてくれたのかわかりません(そうだと胸を張って言えるんですが、先生から直接聞いた訳じゃないんで)

歪んだままの思考で生きるとどんなに不都合だったか、これからどれだけ惨めな思いをしてしまうのか悟ったとき、モチベーションが沸き立ちました。
プログラムで経験するトランス状態という意識が変容した状態のおかげもあると思いますが、ものすごくやる気に満ちあふれました。
無意識からの問題解決ができるプログラムなので、自分の思考の手が届かないところで自分を見つめ直すことができましたし、人生の意義というのも「感情レベル」で悟ることができました。
これは頭で作り上げたものじゃないので、しっかりと無意識に定着しやすかったです。

自信もついてきました。頭の表面でそれを「知って」も意味がない! 心から悟らないと駄目でした!
逆に言えば、悟ったり気づいた時の精神的な刺激が高く、感情が伴って感動できるほどだと、一気に症状も好転していくものだと思いました。
プログラムを進めるに連れて、親はもうノータッチでした。
先生に任せて、あとは僕の自主性にも来たいといったところでした。
最初は通いたくなかったのが正直でした(勝手に親が決めたわけで)
でも、人生って何があるかわからないですね。良い出会いもあります。
心の障害となっているものだけじゃなくて、このブログで良く書いているようにコミュニケーション術(会話の格闘術)について知ることができたことも大きかったです。
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不登校とひきこもりを克服させるプログラムに関連したサイト

2007/06/25 18:17
僕は不登校とひきこもっていた時代に、最初にねこすけの先生の不登校/ひきこもり克服プログラムを受けました(親が受けろといったのが最初の機会でした)。
それに関しても、体験記や体験談が乗っているホームページがありますので、
僕の知りうる限り載せたいと思います

肉親から見た不登校、自傷行為、そして神経症

兄妹の不登校経験の話です

不登校問題レポート

インタビューのなかに岩波先生の対談があります

アベルの不登校漂流および脱出記

僕と似た境遇の不登校漂流記、そこからの脱出記録

不登校/ひきこもりの子供と家庭崩壊の危機 克服体験記

不登校で家庭崩壊の危機まで進んだ体験談です

不登校ブログ 過去・現在・未来

高校中退からひきこもりを脱出し、現在は正社員となったお子さんを持つブログ主さんの記録

不登校マザー気狂いぴえろ

子供の不登校による親の心の危機の話。

不登校情報センター

その名の通り、不登校に関する情報が掲載。

不登校ニュース(ヤフー)

不登校に関係したニュースです

僕(ねこすけ)の受けた不登校克服プログラム

不登校克服プログラム/ひきこもり克服プログラムについての概要

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感謝の言葉 不登校と神経症を克服させてくれた自分の親と岩波先生へ

2007/05/26 10:09
生きるってどんなことなのか、身をもって知らせてくれたのがたびたびこのブログで登場する僕の先生でした。
コミュニケーション術という武器も、自信もなくて、怯え続けて劣等感にさいなまれていた僕が、自分でも「変われた!」と断言できたのは、たった一つの出会いでした。
正直、最初は気が進まなかったもののこういう仕事をしてくれていてありがとうと思いました。
これに関しては、親に感謝してます。
岩波先生に引き合わせてくれたのは、親でしたし、僕一人では先生の存在は(たぶん)知らなかったと思います。
知っていたとしても、果たして僕が通えることができたのかどうか疑問ですし。
お金も高い方ですし、予約もとりづらい状況だと、すばらしい出会いにはつながらなかったかもしれません。
自分で変わろうとする意志もなくしていたかもしれません。
ずっと、劣等感を抱えたまま、生きていったことへの恐ろしさを考えると、人生ってどこに転機があるかわからないものですね。
複雑な親への気持ちもあるけれど、僕の不登校とひきこもり、対人恐怖症や社会不安障害の苦しみを心配してくれたのは、ありがとうと言いたいです。
もっと時間が経っていたら、僕は人間不信がきわまり、岩波先生のプログラムであろうと参加しようという意志はなかったかもしれません。

だから、いま出口が見えなくて困っている人は、それでもどこかで転機があると思っていていいですよ。

でも、いくら親が不登校支援施設やフリースクール、カウンセラーのところに連れて行っても、そこが凡人、平凡、パワーがない人だったら、意味がないです。
だから、一番の感謝は、とても強烈な個性を持ちつつも素晴らしい先生という人間がいてくれたこと、そして「心の問題」を扱う仕事をしていることだと強く思います。
どっちか片方がかけていても、今の僕はなかったのは間違いないです。
あと、不登校や神経症の問題が良くなっていったと同時に、(何度も言いますが)人間関係の中で生きやすくしてくれる武器(コミュニケーション術)を教えてくれたのは、自分でも思ってみなかったことでした。

最初は僕の心のもやもや、どうしようもない倦怠感と閉塞感、対人恐怖症や社会不安障害の症状だけを治療してくれるのかなと思っていたんですが、さらにその上がありました。
僕も人間関係をよくする技術が欲しいなぁとずっと思っていたから、「これだ!」と思いました。

でも、順番があると思うから、まずはマイナスの部分を処理していって、ある程度できてきたから、プラス部分のコミュニケーション能力や彼女の作り方、もてる方法(笑)を伝授してもらって、自信をつけていったらいいと思います。
親から薦められた時は、ここまで威力のあるプログラムだとは想像もつきませんでした。
みんなわからないと思います。
親自身もわかっていなかったですから。
なんでも経験しなくちゃわからないですよね。
世界にああいう先生、プログラムはないそうです。
あまりに規格外だとのこと。
実際そうだったけど、無意識への対策と訴えかけは驚きでしたし、会話術についても今も役立っています。
それを若いうちに受けることができたのは運が良かったです。
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人間関係を向上させる技術会得には? 人との接点が必要

2007/05/17 19:38
タイトル通り、実戦を経ないと、「会話の格闘術」は完全に体得できません。

ということは、実戦に立ち向かう勇気を育むのが必要になりました。
でも、覚悟が要ります。
だから、先生にモチベーションや目的意識を植え付けてもらって、さらに自分でそれを高めて、実戦に臨みました。

不思議と失敗したらどうしようという不安は少なかったです。
人慣れしていない僕でも、経験を少しずつ積み重ねていったら、人並みにすぐなれました。
それに会話の格闘術を教えてもらっているから、すぐ一般レベルは超えられたと思います。

そこで必要なことと言えば、まだ自分が足りないとおもうものが実戦でわかるんですね。
熱血に喋ればいいわけじゃないってわかり、今度はラフに喋った方がいいと気づきます。
ラフに言った方が、相手との風通しが良くなるんだなぁ、と体でわかったら、武器がまた一つ身に付いたと言うことになりますね。

先生の「会話の格闘術」プログラムに通ったら、すぐ僕が成長したと言うことがわかったそうです。そこを指摘されて、「さすが先生だなぁー、なんでもよくお見通しだ」と嬉しいやら驚いたやらで、参ってしまいました。
もっとモチベーションが湧いてきたのは言うまでもないです。

ずっと順調にいったわけじゃないです。数々の失敗がありました。でもへこたれない心はちゃんと自分の中に備わっていました。先生のおかげもあって、実戦を得て強くなるという決意がどんどん根本から身に付いていったんだと思います。

そして実戦で得た自信(それが少しばかりでも)は確実に自分の無意識に根付いているので、上達を実感できるようになりました。そこには理屈の世界では説明できない確かな「自信」でした。

僕を含めて、悩んできた人の一番いけないところは、理屈を並べて行動できないことだと思います。いやいや、行動しないためのいいわけで理屈をならべるんです。そんな人間を、他人は嫌います。僕はそんな自分が大嫌いだったし、そんな人間も大嫌いです。はっきりいって、低く見てしまいます。そんな人がかっこつけて、人からよく思われようなんて努力していても、鼻でせせら笑いたくなります。そんな人間が世の中にあふれかえっています。だから、そこを気づいてわかるだけでも、人間関係はかなり上達できますし、できました!

人を利用しましょう。僕たちが強くなるためのえさにすぎないと思いましょう。
ゲーム感覚でいいんで、その中で少しずつでいいから自信と実戦を積み重ねていきましょう。
ものすごく心強い先生がついていましたし、やるしかない!気持ちになれましたから。

ねこすけでした。偉そうに書きましたが、これって本当だと思います。頑張っている人はたぶん同調してくれると思います。頑張れない人や理屈人間が、「何を偉そうに!」と思ったり、鼻でせせら笑ったりすると思います。でも、そんな人間が一番軽蔑されて笑われているのは確かでしょう。

もうね、岩波先生の教え、コミュニケーション技術は役立ちまくりです(`_・)
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不登校の子供の視点から 親子関係

2007/05/14 18:14
不登校やひきこもりの子供の本音を、たぶんほとんどの親は気づかなかったり、知らないかもしれません。

もしそういう子供を抱えている親が見ていたら、押しつけはやめた方がいいと言いたいです。
ただダラケていたら、そこまでには絶対なっていません。
それに、僕が知る限り、かなりの確率で、私立中学を受験して頑張ってきた子供ばかりでした。
少なくとも勉強を頑張ろうとしてきた子供ばかりでした。
頑張っていたから、潰れたときの反動はすごいものがあるので、だらけではないです。
でも、無気力になります。
そして、殻に閉じこもります。
引き籠もらなきゃ、やってられないんです。
心を閉ざして、感情を押し殺して、やっと毎日が暮らせるわけです。
テレビゲームやネットゲームだけが唯一の気晴らしになります。
それを真っ向から否定されると、全存在を否定された気持ちで、抵抗したくなります。
だから、暴力をふるうようになる子供が出来てしまいます。

だいたい、子供の心が崩れてしまう原因は(責任とは書きません)、親の教育、しつけにあることが多いです。
そりゃぁ、愛があるから、そんなしつけをしてきたんだと思います。
でも、そんなしつけが悪いと、親が認めて欲しいんです。
お前が悪い、根性を見せろと言われたって、自分で勝手に子供をがんじがらめにして、心に抑圧をかけて、「さぁ、うごけ」「根性だ」「気合いだ」「学校行け!」といわれたところで、身動きできなくさせたのはお前だろうと、子供は思ってしまうわけです。
でも、依存できるのは親しかいないので、どうしようもないジレンマに陥ってしまいます。
親は悪者ではありませんが、決して味方ではありません。

もし子供が不登校やひきこもりだったら、まず子供だけの問題にしないで、そして自分のエゴだけで考えて動かないで、自分の教育はどうだったか、客観的に見つめて欲しいです。
そして、親自身、その親にどのように育てられてきたのか振り返って欲しいです。
親はその親の教育で、その子供の教育方針を知らず知らず決定すると言います。
それしか知らないからです。

もし何にも考えず、狭い視野から自分の子供を育て続けたら、子供に祖先何代分かのしわ寄せがドット来ます。
子供はいまも耐え続けているはずです。
もしそれが爆発したとき、悲惨なことになったら、もう取り返しはつかないです。
脅しじゃないです。

もちろん、子供にも責任はあります。それを認めた上で書いています。
自分が受け入れられたと感じたとき、すっごーくホッとできましたから。
だけど、表面的に言葉だけでそういっても、納得できないです。
子供と親の心の直接の触れ合い、恥も外聞もなく、生の感情の交流だけが、子供の心の殻を解きほぐすと思います。
親と子供が感情的に交流できてきたか。
愛はそこにちゃんと存在し、なおかつ相手に届いていたか。
相手の心に届かない愛ほど、親子関係に齟齬をきたす要因はないと思っています。
なぜなら、「これだけ愛情を注いでいるのに、何でわかってくれないんだ!」と言われても、実際子供に届いていなかったらそれは愛じゃありません。
ただの自己中心的で、自己愛にすぎません。

愛を相手に伝えるにはやっぱり感情の交流です。
僕は本当にそう思います。
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出張先から

2007/04/26 23:28
出張で関西に来ています。そこからの更新です。

そういえば、ひきこもりだったときは、市の外に出たこともなかったです。
家の外すら出るのが怖かったんだから当たり前ですね。
自由に動ける、動きたい!という感情っていいものですね。
昔と比べてしみじみと感じています。

関西でカルチャーショックを受けたのが、みんなエスカレーターで右側に乗るんですね。
でも、東京から来た人は左側に乗って、歩く人の邪魔になってましたが(笑)

関西といえば、ラフな感じがしますが(東京に比べて)、悩む人がとっても多いんだそうです。
僕が受けた不登校の克服プログラムもやっぱり関西方面の人が多かったです。
関東地方ももちろん多いですが、けっこうラフで言いたいことを言う風土がある関西(大阪)で対人的な悩みとか、うつ病、あと僕と同じ不登校で悩む人がすごくいて、人って表面的なものと実際に抱えている内面的な弱点って違うものなんだなぁと妙に驚いたことがあります。

普段明るく振る舞っている人でも、弱点を抱えているからそう「演じている」人も多いみたいですね。それが限界に来たときに一気に潰れてしまうそうで、僕なんかは最初っから停滞したまま潰れそうになったタイプから見ると、どっちも大変なんだなと思います。

日本には対人恐怖症とか社会不安障害の悩みが多いと言うけれど、大阪も東京も九州も東北も変わらないものなんですね。ラテン系と自称する大阪人も(悩まない人は悩まないだろうけど)、対人的な悩みに押しつぶされそうな人がいるのは、やっぱり日本人なんですね。
同じ関西でも、京都とか奈良の人は、イメージとして対人恐怖症とか社会不安障害の人が多い印象を持ってますが、大阪も多いとは意外でした。なんでもイメージで語ってはいけないってことですね。
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人間関係や神経症で悩んでいる方向けサイト(社会不安障害系統)

2007/04/21 18:53
様々な悩み(特に人間関係での悩み・あがり症・コミュニケーション関係)のブログやホームページを集めてみました。
当ねこすけのブログへのリンクはフリーです。相互リンク希望以外は報告の必要はありません



社会不安障害系統

http://mentalman.blog99.fc2.com/
神経症克服プログラムの経験談と人間関係スキルの向上

http://miracle2005.hp.infoseek.co.jp/
蜘蛛の糸をのぼれば 極度のあがり症・話し方弱点克服ルーム

http://ocn2.sakura.ne.jp/mindart-friends/
マインドアート・フレンズ

http://geocities.jp/matatsuke52/
ベシの神経症治療のためのコラム

http://sad.iaigiri.com/
過去のあがり症を振り返って

http://www009.upp.so-net.ne.jp/m-mental/
神経症克服征服きょーかい

http://comsan.at.webry.info/
変化を恐れるな! 会話の格闘術体験記

http://ocn2.sakura.ne.jp/cgi-bin/ys4/
ねこすけを克服させてくれた先生の関連サイト・体験記の総合リンク集

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あらためて自己啓発の本を読んでみると・・・・

2006/08/14 15:16
先生のすばらしいところは、不登校とか心の悩み苦しみ脱却の力強いサポートの他に、自己啓発、能力開発部分、つまり僕が受けた武器としてのコミュニケーション能力(会話の格闘術)を教えることができるということです。

他の専門家の先生はせいぜい、薬を出すだけとか、悩みを聞くだけとか、積極的に引き上げてくれる人は全くいませんでした。だから一粒で二度おいしいといった感じです。仕事を持っている人にとっては、上司との関係向上、同僚の中でうち解けるようになること、営業交渉力のアップ、恋人の口どき方とかたくさんのことが学べました。
これがどんなに今の糧になっているかわかりません。

自己啓発の本にもそういうことが書いてありますが、なんでたくさん読んでも、もてるようにならないか? 
それが今日のテーマです。

例えば、もてる技術が書かれてある本を読んだら、読んだ人数分、ナンパの達人が生まれるかというと、そうじゃないですよね。
所詮知識は知識だということです。もし知識やノウハウに絶対の信頼を置いているなら、効率が悪くなると思います。
あくまで感覚として身につけたものの再確認に自己啓発本、ノウハウ本、マニュアル本を使うべきであって、そのためには傷つこうが、恥をかこうが、経験を積み重ねていく決意が必要になると思います。

やっぱり傷ついたり、恥をかくことに恐怖を覚えたり、立ち直れなくなったらどうしようなんて、行動ができなくなっちゃいますが、それなら一人でやるよりも、岩波先生のような達人のもとでやったほうが絶対いいです。

結局行動による経験の積み重ねがコミュニケーション能力を身につける一番近道ですが、どうしても傷つくのが怖いとか恥をかきたくないという人がいると思います。それで人間関係にへとへとに疲れ果てちゃったなんていう人もたくさんいると思いますし。だから、本にきれいに話す技術、人に変に思われない方法を求めてしまいますが、きれいにやる必要は絶対ありません! 営業をやっていても、きれいに話そうとする人ほど、成績が上がってません。しょせんつまらない人間だと取引先の人に思われてしまうだけに終わっています。

逆を考えればよくわかります。マニュアルに沿った話し方、きれいに流れるように話す人間よりも、言葉はつっかえつっかえだけど、商品が本当にいいんだ! とってもいい商品だから勝ってください! という熱意のほうが、商品を買いたくなりませんか? 
マニュアル人間はそれにつまらないです。本を読みまくると、マニュアル人間ができあがってしまうかもしれません。
ということは、やっぱり過度の知識への期待は、逆に魅力的な人間ではなくて、つまらない奴、評価が低い人間を作ってしまう危険性もあると思います。

もしいつまでも人間関係が向上しない! コミュニケーション能力にコンプレックスを感じているなら、そういった悪循環に陥っていることを疑ってみるといいかもしれません。
コミュニケーション能力の達人は本当の一握りしかいないのは、ありきたりのことをやっていないからということです。先生がそういっていましたが、ありきたりと定番では人間的魅力を損なってしまうということですね。
でも、きれいにありきたりで人と接したいとどうしても思ってしまうこと自体がコミュニケーションをそこなう原因だと思います。
そこから変えていかないと棺桶に入るときも劣等感を感じて生きてきたなんてことになると思います。
人間で人間は心を病むし、人間を攻略すれば人生は生きがいを持って走れるようになるし、この厄介な同族をどう料理するかが今後の僕の腕の見せ所です。
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この世はすべてコミュニケーション能力! 会話術と人間関係

2006/07/20 11:58
「この世はすべてショービジネス」ではないけれど「この世はすべてコミュニケーション能力」に尽きると思います。

僕が学校の何が嫌かというと、人間関係が嫌だったわけで、勉強が嫌いだったわけじゃないんです。
うつ病になる人の多くの原因は人間関係や仕事のストレス(これだって人間関係があるからこそのストレス)だそうで、僕の会社でもうつ病で休職して、そのまま退職の人が多いです。
復帰してもまたうつ病がぶり返して休む繰り返しの人がいます。
いつどこで人間は悩んでおくかが重要だと感じました。
僕は胸を張って今は言えます。
当時悩んでいて良かったと


人間関係向上の技術は誰もが欲するもんだと思います。
僕はできれば人並みになりたいと考えていたんですが、岩波先生は違っていました。
逆にハッパを強くかけられました。
「今更人並みになっても、それまでの悔しい思いとかコンプレックスがあったら、人並みになったところで、また悩むだけ」
その言葉は、僕の心のものすごく影響を与えました!
普通と比べると普通以下にしかなれないってことです。
どこに視点を置いて前に進んでいけばいいか僕はその時わかった気がしました。

なるほど、たしかにそうです。
このまま苦しみ続けることは、耐えられそうにない。
心が崩壊してしまう恐れもありましたし、もう傷つききつい思いをするのはたくさんだったんです!
傷つくってことはどういうことだろうか
自分に自信がある人は、傷つくことをいわれても、へっちゃらです。
僕の先生なんかそういうタイプです。
それでいて人の心を思いやれる人だから、すごく強くて優しいと思いますが、世の中、学校でも社会でも、平気で傷つけることをする人がたくさんいます。
だから、自分が強くならなくちゃ充実して生きることは出来ませんよね。
大人になったら、どんどん図太くなるといいますが、トラウマや劣等感を抱えた人にとっては逆です。
いつまでも、か細い神経のまま社会で生きなくちゃいけない。
ひきこもりをしていても、親が死んだら、どうしても働かなくちゃいけなくなります。
もしかしたらホームレスとして社会のの片隅で生きることくらいしかできません
(でも、ホームレスの中でも人間関係は存在します。必ずボスとなる人がいて、新参者なんかは虐げられると聞きます。やっぱりこの世はすべてコミュニケーション能力なんですね)。

だからどこに行っても、人間関係構築ができなければ、闇だってことですね
今やっている営業職だって、それが基本です。
これについてのコツや基本は先生から昔教わっていたので、それが役立っています。

どこまでいっても、この世はすべてコミュニケーション能力!

強くなるためにも、話し方の技術、コミュニケーション能力、相手の思考の読み取り技術とかノウハウを身につけていけば、強くなれる近道でもありますし、僕にとってまさしくその通りでした。
それにどんな人間でも、コミュニケーション能力を上げたいと考えているから、それで有利に立てば、相対的に強い人間、自信がある人間になれるってもんです。

そこを重点的に教えてくれた岩波先生のところに通え、僕の人生最大の革命でした。
他に並ぶものはない存在でしたし、いい意味でずれて生きている人です。
もっとも普通とは縁遠い人でありながら、誰とでもコミュニケーションを取れることは特筆でした。
強い影響を受けたし、不登校の人も多く通っていたから、子供の心についてもかなる精通してました。
そんな人にコミュニケーションや人間心理について学びましたし、たくましさを身につかさせてもらいました。

コミュニケーションはただの意思伝達で終わっている人が多いけれど、武器とするには、相手の心に影響を与える、それが武器としてのコミュニケーション術です。
中には会話の格闘術と読んでいる人も多いです。
意思の伝達だけではつまらないし、そんな人間を高く評価するなんてことはないですよね。
高く評価するということは、その人の心にいい風を吹かせるということです。
いい風を吹かせるっていうことは、気持ちよくさせること。
おべっかも時には必要かも知れませんが、おべっかばっかり使う人間は、逆に評価が低くなりますよね。もっと違うことをして相手の心にいい風を吹かせる、それがそこで習った会話の格闘術(武器としてのコミュニケーション術)でした。

ちょっと長くなりすぎたけれど(汗)、もっと書くことがあるので続けたいと思います。

例えば、仕事に情熱を傾けている人って、別におべっかを使わなくても、何か心を打たれます。
相手の心に波紋を広げているわけです。それは別に意図してやっているわけじゃないけれど、ちゃんと相手の心にいい風が吹いているわけですよね。
じゃあ、技術としてノウハウとして、いい風を吹かせることが出来たら、人間関係も革命的に良くなるってことです。
それが僕にもでき(まだまだ未熟ですが、すごい武器を身につけつつあると感じてます)、それが自信になる。だから、劣等感とか不安が心に寄ってくることなんかなくなったし、はじめて生きていて充実している、楽しいと感じました。
営業職だから、毎日が勉強と訓練の場です。
身についていくことが楽しくてしょうがない時もあります。

最後に、人間関係さえ良ければ、落ち込むことはないし、逆に楽しい毎日になる!
断言します!
いうまでもないことですが、あえて言いました。
人間関係を攻略できれば、劣等感なんか吹っ飛ぶし、自信を拾える
不登校やひきこもり、神経症で苦しむ人なんか、一番必要となる技術なんじゃないかなと思います。
親から見ても、子供がたくましく生きていけるようになるのは、至上の喜び何じゃないかと思います。
親自身が教えてやることができなかったことかもしれませんし。
それが一番子供にとって必要なことだと思いますし、僕はそうでした。

ねこすけ
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不登校からひきこもり生活へ 生きがいと自信喪失 不登校体験談(高校生)

2006/06/08 17:39
親と約束していた高校はちゃんといくという枷が僕の心を苦しめた。
わがままを言ったのだから、と僕なりに決心するところもあった。
このままじゃいけない気持は僕でもあった。
子供は子供なりに考えているもの
考えていても、得られる答えは鬱屈したものだけなんだけど。

学校に登校しなくちゃいけないという「いい子でいなければ!」という強迫観念は親から小さいときからすり込まれていたから、どんなにいやでも僕は無理矢理行かなくてはいけなかった。
そこは僕の弱さであり、もしかしたら強さの部分なのかも知れない
どちらにしても、自分で自分を追いつめる天才だった

私立だったから、一貫教育で同じ高校だった。
当然クラスメートの数人は中学の時と同じで、それがいやでたまらなかった。
クラスメートが僕のことを変な目で見ている気がした。
僕は重苦しい時間を感情を殺しながら過ぎゆくのを待っていた。
感情を殺す 抑圧する
これは悩む人に共通していることだと不登校克服でお世話になった岩波先生はいっていた。
後年、僕はその通りで、苦しい精神状態に至ったのも、心のはけ口を見いだせず、抑圧し続けたからだった。
だから元気が出ないし、何をしなくてもきつかった。
絶えず、劣等感と不安と恐怖が僕の心を苦しめ続けたのだった。
無意識がどうにもならなかった。抑圧し続けたものが無意識で暴れ回っていたのだ。

僕の心が折れるが先か、高校生活が終わるのを待つか、完全にドロップアウトしてしまうのか
中学の不登校と違って、今度の不登校は、人生廃業、劣等感の飛躍的増大直結への扉を開けることという予感がした。
それは的中した。
でも、目の前の苦しさに比べたら、それでもまだマシだと思った。
好きで不登校になるわけじゃないのです!
選択肢でどちらがマシかといったら、不登校しか選択肢がなかったのです!


また僕は高校で不登校になった。
親の反応は、あまりにも僕の元気の無さを見て、強く言えない状態だった。
それがうれしいようなうれしくないような
コンプレックスの固まりとなった僕にとって、フリースクール通いもいやだった。
誰も自分をわかってくれる気がしなかった。
ひきこもりになり、僕を慰めたのは、ネットゲームだった。
ネットゲームにだけは熱中できた。
でも、建設的な熱中ではなくて、逃避ゆえの熱中だったけど
一日中ゲームをやってしまった時の罪悪感はあったけれど、どうしてもそこに逃げてしまう。
いわゆる、ダメ人間に見られるような感じだった。
そんな自分に罪の意識を感じつつ、抑うつしたまま生き続けました。

外に出なくなると、次に家から出ることがとても恐怖になる。
いやいやでも家から出ることに慣れていたら、心もうつ状態にならなかっただろう。
でも、家からでなくなることが苦しいって、そうとういっちゃってたと思う。
人間はきついことでも、立ち向かっていかないといけないと今では思ってます。
逃避し続けると、とことん駄目人間になってしまうと経験上悟っています。
でも、どうにもならない状態でした。

僕自身のことだから言っちゃうけれど、駄目人間そのもののひきこもり生活だった。
でも、みんな自分のことを駄目人間だとわかっている。
ひきこもりをしている人は特にそうだと思う。
だから、人から駄目人間だと指摘されることがいやだし、すごく傷ついたから、親からそう言われたときは、けっこう荒れてしまった。

なんとかしなければと思いつつも17歳にあっという間になってしまった。
大検だけをとろうと思っていたけれど。
うちは教育の家系だったから、形式的に大学だけは出ておこうと思った。
あとは考えたくなかった。
社会なんて恐ろしかった。
学校以上に恐ろしいものだと。

ここまでが高校時代の不登校からひきこもり生活のことです。
コミュニケーション能力は破滅的になり、そもそもコミュニケーションがとれる相手がネットゲームの顔も名前も知らない人とだった。
コミュニケーション能力がないということは、仮にひきこもりから立ち直っても、人間関係が作れない。社会に出ても味気ないし、一人で出来る仕事なんかないから、惨めな思いと低所得のまま老人にならなくちゃいけない。
とても怖かった。
未来も夢も希望もない状態だったんです。
夢や希望は誰もが持っているわけではないけれど、そんなこと考えちゃいけないという考えにとらわれていました。
劣等感も積もり積もると、いい考えも抑圧してしまうものなんです。
だから、そんな精神状態の人間に頑張れとか気力を振り絞れといわれても、逆効果ですね。
僕が思いますに、そんな人間でも、気持ちをくんでくれる、わかってくれる存在だけは必要としてると思います。
心のどこかで、自分のことは誰にもわからないものなんだ、といじけていても、どこかでわかって欲しい、こんな僕を救って欲しい、と願っていました。
それだけが夢と希望だったといっていいですね。

人と話すことが怖くなり、対人恐怖症になり、視線も怖くなってしまった。悪化は止まるところを知らずに転げ落ちていったけれど、17歳がそのピークでした。
このままじゃだめだ、心理カウンセリングに通ったり、精神的な病みを治療しなくてはいけないかもと家族が思い始めました。
実際通ったあと、うちの母親が岩波先生の大評判を聞きつけて、自分に薦めてきました。
だから17歳は自分にとって、最悪と変化の年齢だったと思います。
当時はそんな先生だって他と同じと思っていたけれど。
何でもチャレンジしなくちゃわからないってことですね。

心の悩みは早いうちにといわれますが、10代で頼もしい存在に出会えたことは幸運だったと思います。
コミュニケーション能力をいち早く岩波先生のおかげで身につけることが出来たことは、悩んで得した一番のことでした。
人間関係には50にも60にもなったって、苦しめられますからね。
どの年齢になっても立場になっても、人間関係の向上や改善はこいねがうものです。

一応、僕ねこすけの不登校原因ルーツ分析はこんなところです。
以上が中学不登校〜高校不登校〜ひきこもり体験談でした

まとめると↓です。
ねこすけ不登校原因と分析、及び体験談1
ねこすけ不登校原因と分析、及び体験談2
ねこすけ不登校原因と分析、及び体験談3
ねこすけ不登校原因と分析、及び体験談4



次からは不登校ひきこもり脱出の体験談や人間関係向上体験について書いていきたいと思います
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不登校とひきこもりの時の気持ち 15〜17歳(中学生・高校生)

2006/05/18 17:13
中学校に通わなくていいというだけで、有頂天だった。
すっごく楽(!)で、ホッとしていて、心が晴れ晴れしていた。
その先に来る自分の内面の苦しみなんか全く頭にうかばなかった。
将来についても、まあ何とかなるさ。
いちいちうるさいんだよ、僕はこれが良いんだ
絶対てこでも動かないぞ!
こんな気持だった

15歳や16歳の人間が真剣に未来、将来、夢について向き合うことなんかなかなかないですよね。
僕は特に苦しい重いから逃れたいから不登校を選んだんであって、人生からドロップアウトしたつもりもなかった。
けれども、どんどん外に出るのがおっくうになっていった。
僕の経験では、人間は常に逃避し続けるとますますあらゆることが怖くなります。
不登校の子供を受け入れるフリースクールはとりあえず通っていたけれど、買い物とか何か見にいく、イベントに参加するなんていったことは、心が動かなかった。
やっぱり、自分は自分の心に十字架を背負わせていたということか。
中学校すら満足に通えない後ろめたさ、なにか楽をしているというばつの悪さ、親に申し訳ないということ、同世代の奴らが友人や恋人をたくさん作ってエンジョイしていることを思い浮かべたり、駅前で学生が楽しそうにわいわいがやがややっているのを眼にすることも、非常に気分が悪くなった。
劣等感!! コンプレックス!! 苛立ち!!
それが僕の心のすべてを表現していると思う。
スポーツも勉強に関しても、劣等感を感じる必要はなかったけれど、人間関係というやつだけは、僕は全くのネンネエで、自分でも歯がゆい思いをしていた。
みんなと楽しくやりたいくせに、どうしてもできないから、劣等感は真冬の北海道の降雪のようにどんどんつもっていった。
僕に春なんか来ない。
最初のノビノビとした心に次第に影が忍び寄ってきた。

そんな憂鬱な観念にとらわれるようになり、外に出ることがすっかり怖くなってしまったのだ。
プチ鬱ってやつ
同世代の人間と会うのが特にいやだったし、劣等感故に、女性恐怖症にもかかってしまった。
男子校だったのが災いして、ますます異性と接することから遠ざかった上に、いまはフリースクール通いという体たらく。
何をしているんだ? なんで生きているんだろうか?
みんな楽しそうだ。ちゃんと学校も通っているし、少なくとも社会生活を送っている。
たくさん色々な経験をして、たくましくなっていくんだろうな。
夢もできて、彼女もできて、思春期で経験するあらゆることをむさぼり尽くすように楽しんでいくんだろうな。

心が重く、苦しくなって、頭も物理的にいつも緊張して痛くなってしまった。
精神的なものと頭の重さ、痛さのダブルパンチで、すっかり元気がなくなってしまった僕は、形式的に高校に上がることだけをして、鬱屈した青春を過ごさなければならなかった。
鬱屈した人間の考えることは、鬱屈した考えしかない、と誰かが書いていた。
まさしくその通り。
だからといって、もとのとおり中学校や高校にちゃんと通えば、全部元に戻るかというと、それの方が地獄だった。
逃げ場がないことに気づいた。

親や不登校を端から見ている人は、逃げ場があるから不登校になっていると言うけれど(つまり甘え、ずぼら)、実はそうじゃないと気づいていくものだった。
不登校になっても楽な生活は続かず、心が追いついてこなかった。
でも、登校してもきつすぎる。
どこにも逃げ場なんて無かった
自分が強くなってたくましくなっていくしか道はなかった・・・・
ねこすけ
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中学3年、僕は不登校に 不登校克服までの道のり(中学生〜)

2006/05/12 20:30
僕がいやいやながら、中学3年の途中まで学校に通っていました。
ちなみに千○県の私立中学に通っていました。
小学生の時にすでに浮いていた僕が、中学でも難しいのは目に見えていました。
学校が楽しいと思ったことなんか、中学の時は一度たりとてなかった。
でも、苦しい思いをしながら頑張れていたのも、いい大学に通って、いい会社に就職する、できれば安定した公務員がいいという、つまらない親のいいなりになっていたからです。
そりゃ、中卒や高卒よりも、大卒で、しかもいいところを出た方がいいのは僕もわかっていました。
一応は成績が良く、コミュニケーション能力と人間関係構築能力が普通にあったなら、まあとんとんのところにはいけたと思いますが、肝心の人間関係がダメダメでした。
学校がきついところだったから、あと6年この学校に通わなければ駄目なんだと泣きたくなりました。
朝起きるのがつらくてつらくて、心が折れてしまうのを必死で根性でこらえていました。
それがもうダメダメになったのが、中学3年というわけです。
精神論はけっこうだけど、根性だけでは人間は長続きしません。
根性が必要なのは瞬発的、短期的なときです。
根性論は僕は否定しませんが、負荷が精神にかかるエネルギーはすぐ息切れを起こしちゃいます。

はじめて学校に行かないと決心したときの、うれしさ、ホッとした気持ちは、天国のようでした。
自分の将来なんか考えなかったし、つらい日々からの解放がうれしかった。
現実から目を背けていたとも言えるけど、まだまだ若いし時間があるし、嫌で溜まらない学校から解放される喜びはちょっと言い表せないです!
でも、親にしてみれば驚天動地、驚愕の事実です。
親はまさか自分の子供が不登校になるなんて思わなかっただろうし、まさに天地がひっくり返ったような騒ぎよう、あわてっぷりでした。

早くその嵐が収まって欲しいと願いつつ、でも決心だけは非常に固かった。
こうと決めたら、頑固な僕はてこでも動かなかった。
結局、僕の根気が親に勝った。
こんな所で頑なな根性を見せても何の生産性もなかったんだけど(笑)

ちょうど不登校の問題が深刻化していたときだったから、親もフリースクールに通うならばいい、高校はちゃんと通いなさいということで、一件落着した。
中学に通う苦しさと惨めさを考えたら、親の小言なんてへっちゃらだった。
いくらでも巻き返しが聞くと、まだ15歳にもならない僕は楽観的に考えていたけれど、そんな甘い世の中じゃないとわかったのは、そう遠くない未来だった。
ひきこもりの問題で高齢化が叫ばれているけれど、まなぶ場がないまま大人になるとますます社会の壁は高くなってしまいます。
社会人の僕はそれを感じます。

人間は堕落したらどこまでも堕落しちゃう。
きついことを避け続けたら、もう障害に立ち向かう気力も勇気もなくなってしまう。
でも、当時の心が傷ついていた僕にそんなお説教はつうじないことは、よくわかっている。
ほんとうにきついのだから。
悪魔と手を結んでも、学校に通いたくなかった
登校しろとは僕を滅ぼすつもりかー! そんな気持だった

でもそれじゃぁ、未来は手に入れられないんだけど。
どこかで立ち向かう時を覚悟しなくちゃいけない。
そのきっかけがあったから良かったけれど、それがなかったら今ごろ僕はどうなっていたのだろう?

次は不登校になってからの話を書きたいと思います
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僕が不登校になってしまったワケ コミュニケーション能力の不足

2006/04/17 20:14
不登校といっても、十人十色の原因があるでしょうね。
同じ不登校仲間を見ても、神経症が原因だとか、親同士が仲が悪いから心を閉ざしたとか、精神的虐待のせいとか、いじめとか、担任の先生によってとか、人間不信とか、たくさんありました。
僕の場合は、人間不信という奴ですが、そもそもコミュニケーション能力が圧倒的に劣っていたから、という理由が一番しっくりきます。

集団生活たる学校で、まったくコミュニケーションがうまくいかないで、人間関係を作れなかったから、完全に浮いた存在になり、担任も僕をもてあましていました。
よく言えば個性のある人間でもありますが。
でもその個性すら押しつぶしていたら、心が病んじゃいます。

少数の友達はいましたが、親しいというよりは、ただつきあっていたというだけだったし、その他大勢のクラスメートからは、あからさまじゃないにしても、仲間はずれにされていました。
小学生の時からです。
浮いた人間でした。
物心ついたときは、活発だったそうですが、集団生活になじめず、どんどん人間不信になっていきました。
とまどいがとまどいを生み、生きづらくなっていったのですね。

そもそも父親も母親も人に構えて生きてきたこともあって、そういう雰囲気のなかで育ってしまったので、開けっぴろげな性格になれということ自体無理でしょう。
それが僕の世界でしたから
なんでみんな仲良くやれるのか、さっぱりわかりませんでした。
コミュニケーションをとれるスキルも経験も無に等しかったです。
それがだんだん身に付くようになったのは、高校3年の夏でした。
学校に通ってない不登校野郎だったんで、17歳ですね。
立派なヒッキーでした。
そのときに、コミュニケーション能力を身につけることができるきっかけがありました。
だからいくらでも挽回はききます。
同時に挽回しないと、あっという間に30代、40代と年だけを重ねちゃう。
怖いことだけど、いくらでも巻き返すことができることは確かです!

もしなかったら、ずっと人間不信と、人間関係をまともに作れないまま、いじけて今に至っていたでしょうね。
人間がいるかぎり、コミュニケーションをとらなければいけない。
それができないと、地獄で生きているのと同じかも知れません。
僕の半生がそうだったし、今もたくさんの人が地獄でしょう。
だいたいコミュニケーション能力がある人が、ひきこもりになりようがないですからね。
人間がいるから関係をうまく作って生きなければいけない。
なのに、人間不信で生きていたら苦しいことばかりです。
そんな人生でした。
それに孤独になれていたつもりでも、孤独が楽しいわけはないです。
人間関係に苦しめられるより孤独に生きた方がマシといっただけです。

そう、この世はすべてコミュニケーション!!!
と、その能力ゼロだった男がこんなことを言うんだから、あたってます。
自信がありますよ
コミュニケーションをとるということは、相手がいるということですよね
だから、相手(人間)ってどんなものかよく知らなければいけないと思います
そういうことを身につけていったのが、不登校と神経症を克服させてくれた岩波先生のもとに通ったからです。
もともと不登校脱出、生きにくい自分を変えるために通っていたんですが、結局そこだ!と思い知りまして、人間関係をどうやってうまく作っていくか興味が移りました。
そのスキルがついていったとき、不登校からも抜け出せましたし、大学に遠回りながらも通うことが出来ました。
それに社会でばりばり働くことが出来たわけです。

一も二もコミュニケーション能力、三四もコミュニケーション能力。
それに尽きると思います。
僕が不登校になったのも、苦しんだのも、落ち込んだのもすべて、スキル不足でしたし、立ち直れたのも、それへの自信ですね。
営業職でバリバリ働くことが出来ているのもそうです。

だからこの世はすべてコミュニケーション能力! というわけです。
そして、その能力が皆無でも必ず身につくことができるし、自信もつきます。
僕ができたことですから。
大丈夫、必ずやれますよ!!
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元不登校児ねこすけからの挨拶─簡単な紹介─

2006/04/16 19:52
はじめてのブログです。
ねこすけといいます。
言葉づかいは幼いと言われますが、社会人2年目です。

営業職で、アスファルトジャングル大東京を駆け回ってます。
とってもやりがいを感じる仕事で、世のお父さん方が仕事にやりがい、生きがいを感じないと嘆いているのに比べれば、幸せといえるでしょうね。
今はすっかり板に付いてきました。

そんな僕でも、実は不登校でした。中学の最後の方と、高校の最初以外全部、不登校でした。ついでにひきこもり状態になってしまい、すっかり外に出たり、社会に出ることが怖くなってしまいました。

今社会人でばりばりやれていると言うことは、つまり立ち直ったということです。
立ち直らせてくれたともいえますし、そんなこんなでとってもラッキーでした。
フリースクール通いから、スクールカウンセラーにお世話になったり、精神科の医者にも治療に行きました。
でも、どれも駄目で、絶望して、ひきこもり度が強くなり、どうしようもなかったときに、ちょうど親がDream Art Laboratoryの岩波某先生のところに通わせてくれて、立ち直れました。
立ち直ったというより、とてつもなく強くしてもらいました。
トータルで考えれば、運がよい人生だと思います。

人生は結果がすべてだと思います。
過程なんかどうでもいいんです!
結果はどん底の精神状態から立ち直れたんですから。
傷つくことはへっちゃらになりました。
へっちゃらということより、強くなれたので、一時的に落ち込んだとしても、乗り越えられる精神力はついたと思います。
人間関係も良くなりましたし、コミュニケーション能力は特に上達できました。
それに今は営業職で飛び回っているので、いい経験がどんどん身に付いているという感じです。

なんでコミュニケーションが苦手で、それが大きな原因で不登校児になった男が、立ち直れたかなど、ブログに書いていきたいと思っています。
ますは挨拶と紹介をかねて。

ねこすけ
画像
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