アクセスカウンタ

元神経症的不登校児のこの世は総てコミュニケーション

プロフィール

ブログ名
元神経症的不登校児のこの世は総てコミュニケーション
ブログ紹介
ども、みなさん。
元不登校でひきこもりで、神経症から完全に立ち直ったねこすけです。
生きる上でとっても大切なコミュニケーション能力のこと、不登校やひきこもりの時の気持ち、対人的な神経症の苦しさなど書いています。
今は社会でバリバリ働くことができています!
このブログは、昔の不登校と精神的危機で苦しんでいたときの状況を中心に更新していきたいと思ってます。
僕的につかんだ精神的危機、不登校問題、ひきこもり脱却のヒントや体験記をのせていきたいと思ってます。
また岩波先生の不登校/ひきこもり克服プログラム、会話術(会話の格闘術プログラム)の体験記も。
たぶん仕事が忙しいので、更新は不定期になると思いますが、経験を書いていきますので、よろしくお願いします!!!





help リーダーに追加 RSS

学校恐怖症 〜ただの不登校ではなく〜

2009/04/21 15:56
ねこすけです。

僕は不登校でした。
現象としてはそうです。表面的に不登校児でした。

でも、本質の所は、社会不安障害、対人恐怖症による神経症的不登校だったのです。
もっといえば、学校恐怖症になってしまったから、不登校になっちゃったのです。

不登校になるには理由がありますよね。

勉強が嫌だ!
友達にいじめられた!
先生とうまくいかない! むかつく!
朝起きられない!
仲のよかった友達に裏切られた!
クラスメートのものを盗んだと疑われた!
学校に通う意義を見いだせない!

そして、神経症であるがゆえに学校恐怖症になってしまった

どうも親御さん達(保護者)は、表面的な不登校問題にとらわれている気がする。
学校に登校を再開させれば勝ちみたいな。

僕が前から言ってきたことだけど、学校に無理矢理通えても、次の高校や大学、社会に出ても大丈夫
だとは言えないのです。
不登校になる裏側には大きな大きな抜き差しならない精神的問題が絡んでいるのです!

不登校になった(その原因は何?)

→学校恐怖症だから(なんで学校恐怖症になってしまったの?)

→神経症的な理由があるから、つまり対人恐怖であったり、社会不安障害であるから。

不登校だった子供がまた学校に通い始めて解決したなんて喜べるのは、
神経症的不登校(学校恐怖症)ではない理由の不登校のケースだけです。

記事へトラックバック / コメント


自殺と子供の不登校、心の病

2009/02/26 19:27
ちょっと衝撃的なタイトルを付けちゃいました。
なぜブログに書こうかと思ったかというと、つい最近、母親と話す機会があって、そのときなんと「自殺」というキーワードが出てきました。

なんでも僕が不登校で神経症で苦しんでいた時のことです。
母親は僕が自殺するのではないかとずっと心配して、心を痛めていたそうです。

こんな危うい昔話を話せる余裕が出たのも、僕が精神的に立ち直ることができたからこそでしょう。
もしまだ神経症で苦しんでいたら、「自殺」という話題も出なかったでしょう。
お互い「自殺」に恐れおののきながら、心配しながらも、その話題を避けていたと思います。

悩んでいたときは、「自殺」を常に考えていました。大げさな表現ではなく、「死にたい」と独り言を言っていたのを思い出しちゃうなー。
落ち込んでいたし、ままならない自分にイライラし、先も見えなかったから、いつか自殺するかもしれないと漠然と考えていました。
希死念慮というものですね。

実際あのまま苦しみ続けていたら、人生に絶望して、より身近な選択肢として「自殺」を考えていたでしょう。
硫化水素の自殺方法は当時知られていなかったので、漠然と飛び降りなんかいいかもと考えていました。
すっごい病的だったんだな、と今ブログを書いていて苦笑してます!

僕のような自殺予備軍はとっても多いと思います。
それが何らかのきっかけで一気に一線を越えてしまうのでしょう。
例えば80年代のアイドルだったという岡田有希子さんの飛び降り自殺で何人も死んだらしいし、
Xジャパンのhideのときも、後追い自殺の可能性をテレビでやっていたと思います。
いじめによる自殺がマスコミで大きく報道されると、絶対後追い自殺が出ます。
自殺にはとても勇気が必要なので、自殺予備軍の人は常に機会を待っているに違いないです!

僕は今死にたいとは思わないし、生きてやる、いっぱいいっぱい感動したいと思っています。
前向きになっているし、だから母親も昔そう考えていたと言うことを僕に話したんだと思う。

僕も「やっぱり自殺を考えてた」と母親に言いました。
「やっぱり・・・・」母親は言葉に詰まっていました。

家族が自殺してしまうことの恐怖は、とくに親の立場にいる人は持っていると思います。(メンタル的な悩みを持っている子供の親の場合)
母親も僕のことが気が気でなかったのは想像に難くありません。

実は当時、自殺して親を困らせてやろうとおもったこともあります。
逆に自殺して親を哀しませたくないとも考えてました。
後者が勝ったので、自殺行為に走ることは結局なかったし、だからこそ岩波先生にも出会えて、メンタルの悩みを解決できた。
そんなわけだから、いま希死念慮、自殺願望を持っている人は、もう少し待った方がいいと思う。
死ぬ勇気があれば、生きる勇気をもうちょっと出して待ってみようよ!


記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2


閑話休題

2008/04/16 15:36
このブログはどうしても悩みとか苦しみとかとは無縁ではないので、息苦しいときがあるかもしれません。
そこで息抜きを一つ。

仕事中なのに爆笑してしまいました。

誤変換の傑作迷作22選を紹介します

1「馬食い家内が象サイズになった」(うまくいかない画像サイズになった)
2「○○さんの質問は幼虫以下と思います」(○○さんの質問は要注意かと思います)
3「日本の卑怯100戦」(日本の秘境100選)
4「少額制問題。水野さん大変かを書け」(小学生問題。水の三態変化を書け)
5「何か父さん臭い時がある」(何かと胡散臭い時がある)
6「胸囲ないもんね。ゴメン〜!」(今日居ないもんね。ゴメン〜!)
7「老いて枯れた感じだ」(置いてかれた感じだ)
8「あの人もう重役になったんだって」(あの人猛獣役になったんだって)
9「裸のままですけど、放送しないんですか?」(裸のままですけど、包装紙ないんですか?)
10「肋骨食って下さい」(6個作って下さい)
11「おれは鹿になった」(おれ麻疹になった)
12「漁解禁よウニお願い」(了解金曜にお願い)
13「新宿は謎の郵便局」(新宿花園郵便局)
14「私魔性」(渡しましょう)
15「今日中に強盗見学できます」(今日12号棟見学できます)
16「豚以下集う」(部隊活動)
17「蚊割ると黄なんだよ」(変わる時なんだよ)
18「職辞し田植え出来てください」(食事したうえで来てください)
19「ふんわり祖父と間食が楽しめます」(ふんわりソフト感触が楽しめます)
20「恋人立ち退き説」(恋人たちの季節)
21「口臭か胃の出血を確認してください」(講習会の出欠を確認してください。)
22「あなたの小鳥怪死体」(あなたのこと理解したい)
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


神経症とは自分との闘い。克つためには強力なサポートと考え方一つ変えれば大丈夫

2008/04/15 16:34
僕は神経症的不登校でしたが、神経症との闘いがそのまま登校できるか、不登校になるかの大きな分かれ道でした。

岩波先生の元で神経症が良くなり、自分にも自信が持て、学校に通えるようになり、そして今は社会人として過ごしています。

そこでつくづく思ったことが、神経症との闘いということは自分との闘いの何ものでもないということでした。
残酷なくらい、くだらなく情けない、そしてどうしようもない自分に直面しました。
逆に直面しないと、自分を打ち破ることはできません。
敵はトラウマを与えた人間ではなくて、トラウマを背負ってしまった自分しかいないわけです。

頼りない自分で、強敵の「自分」と戦うわけだから、闘いかが鍵になります。
まともに戦ったら、絶対勝てないですよね!!
自分の力でどうしようもない「自分」に打ち勝つためには(混乱しないで下さい)、
策が必要です。
策といっても小細工ではダメです。
小細工を労して、自分に打ち勝てるなら、誰だって簡単に神経症を乗り越えられているに決まってますよね。

策というのは、例えば自分一人の力でダメなら、岩波先生のような強力な援軍の支援を得て、「自分」に挑んでいくことがまず一つ。
もう一つは、強敵の「自分」をそっくりそのまま受け入れてしまうことです。
どうしても神経症の症状、苦しみが嫌で、はねのけようとして排除しようとするけれど、よけい「自分」を強敵にしてしまうだけでした。
情けないところ、どうしようもない弱さを持っている自分をもう認めてしまうことで、強敵だった「自分」はどんどん柔らかくなってきます。
それが自分なんだ、俺なんだ! という覚悟が大きな力にもなるし、武器にもなります。

人間が怖いという恐怖がある自分が嫌で、へっちゃらになりたい! と思うことは逆効果です。
怖いんだからしょうがない。それは潜在意識記から起きていることなんだから、無理に思わなくすることなんか可能じゃない。怖いものは怖いんだ。そう思ってしまうことです。
簡単に文章で書きましたが、それは簡単にはできません。
怖いから排除したいのが当たり前ですから。
だけど、僕は恐怖がある、だからそれがどうなんだ? だから何なんですか? と思えるようになった。

それは、岩波先生の潜在意識への暗示浸透効果、家での暗示の聞き込み、家でなくても時間があれば先生から作ってもらった暗示を聞き込んでいました。
そうする内に理屈の世界ではなく、恐怖感が薄れてきました。
あれ、あんまり恐怖を感じないと思いました。
そこでまた運命の分かれ道があります

神経症が良くなる経験をした人は良くわかると思うけれど、
恐怖をあんまり感じなくて自然体に近い状態に嬉しいですよね。
だけど、心の底でちらっと、また恐怖感が高まったらどうしようと思ってしまいます。
だからこそ、前述した「恐怖? あるのは当たり前、 それがなに?」が必要なんです

そして、敵は恐怖を与えている(勝手にこっちが感じているだけだけど(爆笑))人間ではなく、恐怖に対して間違ったとらえ方をしている「自分」なんですね。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


不登校でひきこもり中だと精神が腐っていく!

2008/02/13 15:55
精神が腐るなんて言葉は使いたくありませんが、実際そうでした。
腐っていく自分をわかっているんだけど、腐るまま任せてしまう。

じゃあ、それが楽かというと、つらいんですよね

勉強もしないで、何にも責任や義務を負うことなく、漠然と過ごしていると、
どんな人間でも、心にもやもやが迫ってきます。

親って、そういうことがよくわかっているから、なんとか腐る前に抜け出させようとする。
だけど、何にもしないのって、消極的な意味で一種楽なんですよね。
楽なんだけど、先がないのもよくわかっている。
心が鬱屈してくるから、これじゃダメだとわかっていても、行動を起こす方が
骨が折れると思ってしまう。

学校に通っていれば、何らかの責任感や義務感が課せられる。
それはきついけれど、腐らせないようにするには意義がある。

学校生活になじめなければ、他の分野で行動を起こせばいいんだけど、
なかなか見つかりません。
できれば、学校生活以外の価値を自分で見つけられればいいんだけど、
殻に閉じこもっちゃうと、何でも先延ばしにしたくなる。

いや〜親から見ると、それってすごく恐怖だと思う。
しっかり育てたいし、そうやって教育してきたのに、逆に過干渉になって
子供と心の溝を知らず知らず作ってしまう。
腐る前に何とかしようと無理矢理尻をひっぱたいても、子供は反発する。
それでますます、親も不登校中の子供追いつめられていく。

でも、親が子供を何とかしようと尻をひっぱたいても、結局親の意向に沿った分野で
やらせようとするから、ますます子供は反発するんですね。

それなら、いっそのこと、子供の好きにやりたいようにさせるのも道だと思います。

すくなくとも腐らずに済むし。(心が腐りきったら、もう生きている価値はないに等しいと思います)。
いくらひきこもりを続けていたって、そんな状況は本人だって好ましくないです。
自分がやりたいことを思う存分やらせてもらえれば、不登校中の本人だって、すこしは親の意向に沿わなくちゃと思う。

当人の心を汲まないで、親のエゴだけで、子供をどうにかするのは間違っている!
一歩引く勇気も必要になってくると思います。
一歩引いて、より大きな成果を上げれば最高じゃないですか。

親のエゴというものが一番出たのが、足立区梅田で起こった父親による家族への殺人(無理心中)だと思う。
子供を親の所有物だと思っている。
まったく子供の意向を汲んでいない。
ひどい事件だと思います。
記事へナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


不登校と神経症の克服プログラムの岩波先生に教わったこと

2007/07/30 19:28
久々の更新となりました。

不登校/ひきこもり克服プログラムを僕は受けましたが、
「人はどう生きるべきか」を習いました。

生きる上で一番大切なことだと思います。
親は近視眼的に学校に通う、通わないという範囲でしか、子供のことを見られませんでしたが、そんなことだから、世の中の不登校児は余計学校に通いたくなくなるんです!

親が生き様、どう生きるべきかを教えてくれないで、むりやり自分の枠にはめて育てたから、僕は不登校にもなったし、ひきこもりにもなったし、神経症にもなったんです。
だからといって、親に憎しみとか恨みはもうありません。
あるとすれば、もうちょっとマシな育て方ぐらいは出来ただろうっていうとこぐらいですかね。
普通に親と接していますし、それに先生のところにつれて来てくれたのは親なんだから、結果オーライという感じです。
もし先生に会っていないと、「どう生きるべきか」を知らないまま平凡に暮らしていたか、心の悩みに押しつぶされていたに違いないです。

悩んでしまうのは、僕本人の認知の歪みがあったのと、親の視野の狭い考え方という歪みが合わさったからでした。要するに、どうしても悩んでしまう考え方、ものごとのとらえ方しかできなかったんですね。

それが岩波先生とカウンセリングを重ねるに従って、以下に非効率的な育てられ方をして、それをそのまま僕は受け取って、歪んだ考えのまま生きてしまったのか気づきました。直接先生が言ったわけじゃなく、そう僕が気づいたんです。
それは先生の深い考えがあって、そういうふうに気づくようにカウンセリングをしてくれたのかわかりません(そうだと胸を張って言えるんですが、先生から直接聞いた訳じゃないんで)

歪んだままの思考で生きるとどんなに不都合だったか、これからどれだけ惨めな思いをしてしまうのか悟ったとき、モチベーションが沸き立ちました。トランス状態という意識が変容した状態のおかげもあると思いますが、ものすごくやる気に満ちあふれました。

自信もついてきました。

頭の表面でそれを「知って」も意味がない!
心から悟らないと駄目です!

逆に言えば、悟れが、気づけば、それが感動できるほどだと、一気に症状も好転していくと思います!
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


不登校とひきこもりを克服させるプログラムに関連したサイト

2007/06/25 18:17
僕は不登校とひきこもっていた時代に、最初にねこすけの先生の不登校/ひきこもり克服プログラムを受けました(親が受けろといったのが最初の機会でした)。
それに関しても、体験記や体験談が乗っているホームページがありますので、
僕の知りうる限り載せたいと思います

肉親から見た不登校、自傷行為、そして神経症

不登校問題レポート

アベルの不登校漂流および脱出記

不登校/ひきこもりの子供と家庭崩壊の危機 克服体験記

不登校ブログ 過去・現在・未来

不登校マザー気狂いぴえろ


不登校情報センター

不登校ニュース(ヤフー)

僕(ねこすけ)の受けた不登校克服プログラム
記事へかわいい ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


感謝の言葉 不登校と神経症を克服させてくれた岩波英知先生、自分の親へ

2007/05/26 10:09
生きるってどんなことなのか、身をもって知らせてくれたのが毎度おなじみの僕の先生でした。
コミュニケーション術という武器も、自信もなくて、怯え続けて劣等感にさいなまれていた僕が、自分でも「変われた!」と断言できたのは、たった一つの出会いでした。
これに関しては、親に感謝してます。
岩波先生に引き合わせてくれたのは、親でしたし、僕一人では先生の存在は(たぶん)知らなかったと思います。
知っていたとしても、果たして僕が通えることができたのかどうか疑問ですし。
お金も高い方ですし、予約もとりづらい状況だと、すばらしい出会いにはつながらなかったかもしれません。
自分で変わろうとする意志もなくしていたかもしれません。
ずっと、劣等感を抱えたまま、生きていったことへの恐ろしさを考えると、人生ってどこに転機があるかわからないものですね。
複雑な親への気持ちもあるけれど、僕の不登校とひきこもり、対人恐怖症や社会不安障害の苦しみを心配してくれたのは、ありがとうと言いたいです。
もっと時間が経っていたら、僕は人間不信がきわまり、岩波先生のプログラムであろうと参加しようという意志はなかったかもしれません。

だから、いま出口が見えなくて困っている人は、それでもどこかで転機があると思っていていいですよ。

でも、いくら親が不登校支援施設やフリースクール、カウンセラーのところに連れて行っても、そこが凡人、平凡、パワーがない人だったら、意味がないです。
だから、一番の感謝は、素晴らしい先生という人間がいてくれたこと、そして「心の問題」を扱う仕事をしていることだと強く思います。どっちか片方がかけていても、今の僕はなかったのは間違いないです。

あと、不登校や神経症の問題が良くなっていったと同時に、(何度も言いますが)人間関係の中で生きやすくしてくれる武器(コミュニケーション術)を教えてくれたのは、自分でも思ってみなかったことでした。

最初は僕の心のもやもや、どうしようもない倦怠感と閉塞感、対人恐怖症や社会不安障害の症状だけを治療してくれるのかなと思っていたんですが、さらにその上がありました。
僕も人間関係をよくする技術が欲しいなぁとずっと思っていたから、「これだ!」と思いました。

でも、順番があると思うから、まずはマイナスの部分を処理していって、ある程度できてきたから、プラス部分のコミュニケーション能力や彼女の作り方、もてる方法(笑)を伝授してもらって、自信をつけていったらいいと思います。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


人間関係を向上させる技術を身につけるには、人との接点が必要

2007/05/17 19:38
タイトル通り、実戦を経ないと、「武器としてのコミュニケーション術」は完全に体得できません。

ということは、実戦に立ち向かう勇気を育むのが必要になりました。
でも、覚悟が要ります。
だから、先生にモチベーションや目的意識を植え付けてもらって、さらに自分でそれを高めて、実戦に臨みました。

不思議と失敗したらどうしようという不安は少なかったです。
人慣れしていない僕でも、経験を少しずつ積み重ねていったら、人並みにすぐなれました。
それに武器としてのコミュニケーション術を教えてもらっているから、すぐ一般レベルは超えられたと思います。

そこで必要なことと言えば、まだ自分が足りないとおもうものが実戦でわかるんですね。
熱血に喋ればいいわけじゃないってわかり、今度はラフに喋った方がいいと気づきます。
ラフに言った方が、相手との風通しが良くなるんだなぁ、と体でわかったら、武器がまた一つ身に付いたと言うことになりますね。

先生の「武器としてのコミュニケーション術」プログラムに通ったら、すぐ僕が成長したと言うことがわかったそうです。そこを指摘されて、「さすが先生だなぁー、なんでもよくお見通しだ」と嬉しいやら驚いたやらで、参ってしまいました。
もっとモチベーションが湧いてきたのは言うまでもないです。

ずっと順調にいったわけじゃないです。数々の失敗がありました。でもへこたれない心はちゃんと自分の中に備わっていました。先生のおかげもあって、実戦を得て強くなるという決意がどんどん根本から身に付いていったんだと思います。

そして実戦で得た自信(それが少しばかりでも)は確実に自分の無意識に根付いているので、上達を実感できるようになりました。そこには理屈の世界では説明できない確かな「自信」でした。

僕を含めて、悩んできた人の一番いけないところは、理屈を並べて行動できないことだと思います。いやいや、行動しないためのいいわけで理屈をならべるんです。そんな人間を、他人は嫌います。僕はそんな自分が大嫌いだったし、そんな人間も大嫌いです。はっきりいって、低く見てしまいます。そんな人がかっこつけて、人からよく思われようなんて努力していても、鼻でせせら笑いたくなります。そんな人間が世の中にあふれかえっています。だから、そこを気づいてわかるだけでも、人間関係はかなり上達できますし、できました!

人を利用しましょう。僕たちが強くなるためのえさにすぎないと思いましょう。
ゲーム感覚でいいんで、その中で少しずつでいいから自信と実戦を積み重ねていきましょう。
ものすごく心強い先生がついていましたし、やるしかない!気持ちになれましたから。

ねこすけでした。偉そうに書きましたが、これって本当だと思います。頑張っている人はたぶん同調してくれると思います。頑張れない人や理屈人間が、「何を偉そうに!」と思ったり、鼻でせせら笑ったりすると思います。でも、そんな人間が一番軽蔑されて笑われているのは確かでしょう。

もう岩波先生の教え、コミュニケーション技術は必ず役立ちます
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


不登校の子供の視点から

2007/05/14 18:14
不登校やひきこもりの子供の本音を、たぶんほとんどの親は知らないと思います。

もしそういう子供を抱えている親が見ていたら、押しつけはやめた方がいいと言いたいです。
ただだらけていたら、そこまでには絶対なっていません。
それに、僕が知る限り、かなりの確率で、私立中学を受験して頑張ってきた子供ばかりでした。
頑張っていたから、潰れたときの反動はすごいものがあるので、だらけではないです。
でも、無気力になります。
そして、殻に閉じこもります。
引き籠もらなきゃ、やってられないんです。
心を閉ざして、感情を押し殺して、やっと毎日が暮らせるわけです。
テレビゲームやネットゲームだけが唯一の気晴らしになります。
それをまっこから否定されると、全存在を否定された気持ちで、抵抗したくなります。
だから、暴力をふるうようになる子供が出来てしまいます。

だいたい、子供の心が崩れてしまう原因は(責任とは書きません)、親の教育、しつけにあります。
そりゃぁ、愛があるから、そんなしつけをしてきたんだと思います。
でも、そんなしつけが悪いと、親が認めて欲しいんです。
お前が悪い、根性を見せろと言われたって、自分で勝手に子供をがんじがらめにして、心に抑圧をかけて、「さぁ、うごけ」「根性だ」「気合いだ」「学校行け!」といわれたところで、身動きできなくさせたのはお前だろうと、子供は思ってしまうわけです。
でも、依存できるのは親しかいないので、どうしようもないジレンマに陥ってしまいます。

もし子供が不登校やひきこもりだったら、まず子供だけの問題にしないで、そして自分のエゴだけで考えて動かないで、自分の教育はどうだったか、客観的に見つめて欲しいです。
子供はいまも耐え続けているはずです。
もしそれが爆発したとき、悲惨なことになったら、もう取り返しはつかないです。
脅しじゃないです。

もちろん、子供にも責任はあります。それを認めた上で書いています。
自分が受け入れられたと感じたとき、すっごーくホッとできましたから。
だけど、表面的に言葉だけでそういっても、納得できないです。
子供と親の心の直接の触れ合い、恥も外聞もなく、生の感情の交流だけが、子供の心の殻を解きほぐすと思います。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0


出張先から

2007/04/26 23:28
出張で関西に来ています。そこからの更新です。

そういえば、ひきこもりだったときは、市の外に出たこともなかったです。
家の外すら出るのが怖かったんだから当たり前ですね。
自由に動ける、動きたい!という感情っていいものですね。
昔と比べてしみじみと感じています。

関西でカルチャーショックを受けたのが、みんなエスカレーターで右側に乗るんですね。
でも、東京から来た人は左側に乗って、歩く人の邪魔になってましたが(笑)

関西といえば、ラフな感じがしますが(東京に比べて)、悩む人がとっても多いんだそうです。
僕が受けた不登校の克服プログラムもやっぱり関西方面の人が多かったです。
関東地方ももちろん多いですが、けっこうラフで言いたいことを言う風土がある関西(大阪)で対人的な悩みとか、うつ病、あと僕と同じ不登校で悩む人がすごくいて、人って表面的なものと実際に抱えている内面的な弱点って違うものなんだなぁと妙に驚いたことがあります。

普段明るく振る舞っている人でも、弱点を抱えているからそう「演じている」人も多いみたいですね。それが限界に来たときに一気に潰れてしまうそうで、僕なんかは最初っから停滞したまま潰れそうになったタイプから見ると、どっちも大変なんだなと思います。

日本には対人恐怖症とか社会不安障害の悩みが多いと言うけれど、大阪も東京も九州も東北も変わらないものなんですね。ラテン系と自称する大阪人も(悩まない人は悩まないだろうけど)、対人的な悩みに押しつぶされそうな人がいるのは、やっぱり日本人なんですね。
同じ関西でも、京都とか奈良の人は、イメージとして対人恐怖症とか社会不安障害の人が多い印象を持ってますが、大阪も多いとは意外でした。なんでもイメージで語ってはいけないってことですね。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


人間関係や神経症で悩んでいる方向けのお奨めブログ&ホームページ

2007/04/21 18:53
様々な悩み(特に人間関係での悩み・あがり症・コミュニケーション関係)のブログやホームページを集めてみました。
当ねこすけのブログへのリンクはフリーです



http://mentalman.blog99.fc2.com/
神経症克服プログラムの経験談と人間関係スキルの向上

http://miracle2005.hp.infoseek.co.jp/
蜘蛛の糸をのぼれば 極度のあがり症・話し方弱点克服ルーム

http://ocn2.sakura.ne.jp/mindart-friends/
マインドアート・フレンズ

http://geocities.jp/matatsuke52/
ベシの神経症治療のためのコラム

http://sad.iaigiri.com/
過去のあがり症を振り返って

http://www009.upp.so-net.ne.jp/m-mental/
神経症克服征服きょーかい

http://comsan.at.webry.info/
変化を恐れるな! 武器としてのコミュニケーション術体験記

http://ocn2.sakura.ne.jp/greatlink/
ねこすけを克服させてくれた先生の関連サイト・体験記の総合リンク集
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


あらためて自己啓発の本を読んでみると・・・・

2006/08/14 15:16
先生のすばらしいところは、不登校とか心の悩み苦しみ脱却の力強いサポートの他に、自己啓発、つまり僕が受けた武器としてのコミュニケーション能力を教えることができるということです。

他の専門家の先生はせいぜい、薬を出すだけとか、悩みを聞くだけとか、積極的に引き上げてくれる人は全くいませんでした。だから一粒で二度おいしいといった感じです。仕事を持っている人にとっては、上司との関係向上、同僚の中でうち解けるようになること、営業交渉力のアップ、恋人の口どき方とかたくさんのことが学べました。

自己啓発の本にもそういうことが書いてありますが、なんでたくさん読んでも、もてるようにならないか? それが今日のテーマです。

例えば、もてる技術が書かれてある本を読んだら、読んだ人数分、ナンパの達人が生まれるかというと、そうじゃないですよね。所詮知識は知識だということです。もし知識やノウハウに絶対の信頼を置いているなら、効率が悪くなると思います。あくまで感覚として身につけたものの再確認に自己啓発本、ノウハウ本、マニュアル本を使うべきであって、そのためには傷つこうが、恥をかこうが、経験を積み重ねていく決意が必要になると思います。

やっぱり傷ついたり、恥をかくことに恐怖を覚えたり、立ち直れなくなったらどうしようなんて、行動ができなくなっちゃいますが、それなら一人でやるよりも、岩波先生のような鬼才、達人のもとでやったほうが絶対いいです。

結局行動による経験の積み重ねがコミュニケーション能力を身につける一番近道ですが、どうしても傷つくのが怖いとか恥をかきたくないという人がいると思います。それで人間関係にへとへとに疲れ果てちゃったなんていう人もたくさんいると思いますし。だから、本にきれいに話す技術、人に変に思われない方法を求めてしまいますが、きれいにやる必要は絶対ありません! 営業をやっていても、きれいに話そうとする人ほど、成績が上がってません。しょせんつまらない人間だと取引先の人に思われてしまうだけに終わっています。

逆を考えればよくわかります。マニュアルに沿った話し方、きれいに流れるように話す人間よりも、言葉はつっかえつっかえだけど、商品が本当にいいんだ! とってもいい商品だから勝ってください! という熱意のほうが、商品を買いたくなりませんか? マニュアル人間はそれにつまらないです。本を読みまくると、マニュアル人間ができあがってしまうかもしれません。ということは、やっぱり過度の知識への期待は、逆に魅力的な人間ではなくて、つまらない奴、評価が低い人間を作ってしまう危険性もあると思います。

もしいつまでも人間関係が向上しない! コミュニケーション能力にコンプレックスを感じているなら、そういった悪循環に陥っていることを疑ってみるといいかもしれません。コミュニケーション能力の達人は本当の一握りしかいないのは、ありきたりのことをやっていないからということです。先生がそういっていましたが、ありきたりと定番では人間的魅力を損なってしまうということですね。でも、きれいにありきたりで人と接したいとどうしても思ってしまうこと自体がコミュニケーションをそこなう原因だと思います。そこから変えていかないと棺桶に入るときも劣等感を感じて生きてきたなんてことになると思います。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


この世はすべてコミュニケーション能力! 会話術と人間関係

2006/07/20 11:58
「この世はすべてショービジネス」ではないけれど「この世はすべてコミュニケーション能力」に尽きると思います。

人間関係向上の技術は誰もが欲するもんだと思います。
僕はできれば人並みになりたいと考えていたんですが、岩波英知先生は違っていました。
「今更人並みになっても、それまでの悔しい思いとかコンプレックスがあったら、人並みになったところで、また悩むだけ」
その言葉は、僕の心のものすごく影響を与えました!

なるほど、たしかにそうだ。
このまま苦しみ続けることは、耐えられそうにない。
心が崩壊してしまう恐れもありましたし、もう傷つききつい思いをするのはたくさんだったんです!
傷つくってことはどういうことだろうか
自分に自信がある人は、傷つくことをいわれても、へっちゃらです。
僕の先生なんかそういうタイプです。
それでいて人の心を思いやれる人だから、すごく強くて優しいと思いますが、世の中、学校でも社会でも、平気で傷つけることをする人がたくさんいます。
だから、自分が強くならなくちゃ充実して生きることは出来ませんよね。
大人になったら、どんどん図太くなるといいますが、トラウマや劣等感を抱えた人にとっては、逆です。いつまでも、か細い神経のまま社会で生きなくちゃいけない。
ひきこもりをしていても、親が死んだら、どうしても働かなくちゃいけなくなります。
ホームレスとして社旗あの片隅で生きることくらいしかできません
(でも、ホームレスの中でも人間関係は存在します。必ずボスとなる人がいて、新参者なんかは虐げられると聞きます)。

だからどこに行っても、人間関係構築ができなければ、闇だってことですね

この世はすべてコミュニケーション能力!

強くなるためにも、話し方の技術、コミュニケーション能力、相手の思考の読み取り技術とかノウハウを身につけていけば、強くなれる近道でもあります。
それにどんな人間でも、コミュニケーション能力を上げたいと考えているから、それで有利に立てば、相対的に強い人間、自信がある人間になれるってもんです。

そこを重点的に教えてくれた岩波先生のところに通え、僕の人生最大の革命といえるでしょう。

コミュニケーションはただの意思伝達で終わっている人が多いけれど、武器とするには、相手の心に影響を与える、それが武器としてのコミュニケーション術です。中には武器としての会話表現術なんていう人もいますが。
意思の伝達はつまらないし、そんな人間を高く評価するなんてことはないですよね。
高く評価するということは、その人の心にいい風を吹かせるということです。
いい風を吹かせるっていうことは、気持ちよくさせること。
おべっかも時には必要かも知れませんが、おべっかばっかり使う人間は、逆に評価が低くなりますよね。もっと違うことをして相手の心にいい風を吹かせる、それが武器としてのコミュニケーション術です。

例えば、仕事に情熱を傾けている人って、別におべっかを使わなくても、何か心を打たれます。相手の心に波紋を広げているわけです。それは別に意図してやっているわけじゃないけれど、ちゃんと相手の心にいい風が吹いているわけですよね。
じゃあ、技術としてノウハウとして、いい風を吹かせることが出来たら、人間関係も革命的に良くなるってことです。
それが僕にもでき(まだまだ未熟ですが、すごい武器を身につけつつあると感じてます)、それが自信になる。だから、劣等感とか不安が心に寄ってくることなんかなくなったし、はじめて生きていて充実している、楽しいと感じました。

最後に、人間関係さえ良ければ、落ち込むことはないし、逆に楽しい毎日になる!
断言します!
いうまでもないことですが、あえて言いました。
人間関係を攻略できれば、劣等感なんか吹っ飛ぶし、自信を拾える
不登校やひきこもり、神経症で苦しむ人なんか、一番必要となる技術なんじゃないかなと思います。

ねこすけ

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


不登校からひきこもり生活へ 生きがいの喪失

2006/06/08 17:39
親と約束していた高校はちゃんといくという枷が僕の心を苦しめた。
わがままを言ったのだから、と僕なりに決心するところもあった。
学校に行かなくちゃいけないという「いい子でいなければ!」という強迫観念は親から小さいときからすり込まれていたから、どんなにいやでも僕は無理矢理行かなくてはいけなかった。
そこは僕の弱さであり、もしかしたら強さの部分なのかも知れない

私立だったから、一貫教育で同じ高校だった。
当然クラスメートの数人は中学の時と同じで、それがいやでたまらなかった。
クラスメートが僕のことを変な目で見ている気がした。
僕は重苦しい時間を感情を殺しながら過ぎゆくのを待っていた。
感情を殺す 抑圧する
これは悩む人に共通していることだと岩波英知先生はいった。
後年僕はその通りで、苦しい精神状態に至ったのも、心のはけ口を見いだせず、抑圧し続けたから。
だから元気が出ないし、何をしなくてもきつかった。
絶えず、劣等感と不安と恐怖が僕の心を苦しめ続けたのだった。

僕の心が持つか、高校生活が終わるのを待つか、完全にドロップアウトしてしまうのか
中学の時の不登校と違って、今度の不登校は、人生廃業、劣等感の飛躍的増大直結への扉を開けることという予感がした。
それは的中した。
でも、目の前の苦しさに比べたら、それでもまだマシだと思った。

また僕は不登校になった。
親の反応は、あまりにも僕の元気の無さを見て、強く言えない状態だった。
それがうれしいようなうれしくないような
コンプレックスの固まりとなった僕にとって、フリースクール通いもいやだった。
誰も自分をわかってくれる気がしなかった。
ひきこもりになり、棒を慰めたのは、ネットゲームだった。
ネットゲームにだけは熱中できた。
でも、建設的な熱中ではなくて、逃避ゆえの熱中だったけど

外に出なくなると、次に家からでることがとても恐怖になる。
いやいやでも家から出ることに慣れていたら、心もうつ状態にならなかっただろう。
でも、家からでなくなることが苦しいって、そうとういっちゃってたと思う。
人間はきついことでも、たちむかっていかないといけないと今では思ってます。
逃避し続けると、とことん駄目人間になってしまう。

ということは、駄目人間そのもののひきこもり生活だった。
でも、みんな自分のことを駄目人間だとわかっている。
ひきこもりをしている人は特にそうだと思う。
だから、人から駄目人間だと指摘されることがいやだし、すごく傷ついたから、親からそう言われたときは、けっこう荒れてしまった。

なんとかしなければと思いつつも17歳にあっという間になってしまった。

大検だけをとろうと思っていたけれど。

うちは教育の家系だったから、形式的に大学だけは出ておこうと思った。
あとは考えたくなかった。


ここまでが不登校からひきこもり生活のことです。
コミュニケーション能力は破滅的になり、そもそもコミュニケーションがとれる相手がネットゲームの顔も名前も知らない人とだった。
コミュニケーション能力がないということは、仮にひきこもりから立ち直っても、人間関係が作れない。社会に出ても味気ないし、一人で出来る仕事なんかないから、惨めな思いと低所得のまま老人にならなくちゃいけない。
とても怖かった。
未来も夢も希望もない状態だったんです。
夢や希望は誰もが持っているわけではないけれど、そんなこと考えちゃいけないという考えにとらわれていました。
劣等感も積もり積もると、いい考えも抑圧してしまうものなんです。
だから、そんな精神状態の人間に頑張れとか気力を振り絞れといわれても、逆効果妥当ことですね。
僕が思いますに、そんな人間でも、気持ちをくんでくれる、わかってくれる存在だけは必要としてると思います。
心のどこかで、自分のことは誰にもわからないものなんだ、といじけていても、どこかでわかって欲しい、こんな僕を救って欲しい、と願っていました。
それだけが夢と希望だったといっていいですね。

人と話すことが怖くなり、対人恐怖症になり、視線も怖くなってしまった。悪化は止まるところを知らずに転げ落ちていったけれど、17歳がそのピークでした。
このままじゃだめだ、カウンセリングに通わなくてはいけないと思い始めていたときに、うちの母親が岩波先生の大評判を聞きつけて、自分に勧めてきました。
だから17歳は自分にとって、最悪と変化の年齢だったと思います。

心の悩みは早いうちにといわれますが、10代で頼もしい存在に出会えたことは幸運だったと思います。
コミュニケーション能力をいち早く岩波先生のおかげで身につけることが出来たことは、悩んで得した一番のことでした。
人間関係には50にも60にもなったって、苦しめられますからね。

一応、僕ねこすけのルーツ分析はこんなところです。
記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1


不登校とひきこもりの時の気持ち 15歳から17歳まで

2006/05/18 17:13
中学に通わなくていいというだけで、有頂天だった。すごく楽で、ホッとしていて、心が晴れ晴れしていた。その先に来る自分の内面の苦しみなんか全く頭にうかばなかった。将来についても、まあ何とかなるさ。

15歳や16歳の人間が真剣に未来、将来、夢について向き合うことなんかなかなかしない。僕は特に苦しい重いから逃れたいから不登校を選んだんであって、人生からドロップアウトしたつもりもなかった。
けれども、どんどん外に出るのがおっくうになっていった。
フリースクールはとりあえず通っていたけれど、買い物とか何か見にいく、イベントに参加するなんていったことは、心が動かなかった。
やっぱり、自分は自分の心に十字架を背負わせていたということか。
中学校すら満足に通えない後ろめたさ、なにか楽をしているというばつの悪さ、親に申し訳ないということ、同世代の奴らが友人や恋人をたくさん作ってエンジョイしていることを思い浮かべたり、駅前で学生がたのしくわいわいがやがややっているのを眼にすることも、非常に気分が悪くなった。
劣等感!!
それが僕の心をのすべてを表現していると思う。
スポーツも勉強に関しても、劣等感を感じる必要はなかったけれど、人間関係というやつだけは、僕は全くのネンネエで、自分でも歯がゆい思いをしていた。
みんなと楽しくやりたいくせに、どうしてもできないから、劣等感は真冬の北海道の降雪のようにどんどんつもっていった。
僕に春なんか来ない。
そんな憂鬱な観念にとらわれるようになり、外に出ることがすっかり怖くなってしまったのだ。
同世代の人間と会うのが特にいやだったし、劣等感故に、女性恐怖症にもかかってしまった。
男子校だったのが災いして、ますます異性と接することから遠ざかった上に、いまはフリースクール通いという体たらく。
何をしているんだ? なんで生きているんだろうか?
心が重く、苦しくなって、頭も物理的にいつも緊張して痛かった。
精神的なものと頭の重さ、痛さのダブルパンチで、すっかり元気がなくなってしまった僕は、形式的に高校に上がることだけをして、鬱屈した青春を過ごさなければならなかった。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


中学3年の時僕は不登校になった

2006/05/12 20:30
僕がいやいやながら、中学3年の途中まで学校に通っていました。
ちなみに千葉県の私立中学に通っていました。
小学生の時にすでに浮いていた僕が、中学でも難しいのは目に見えていました。
学校が楽しいと思ったことなんか、中学の時は一度たりとてなかった。
でも、苦しい思いをしながら頑張れていたのも、いい大学に通って、いい会社に就職する、できれば安定した公務員がいいという、つまらない親のいいなりになっていたからです。
そりゃ、中卒や高卒よりも、大卒で、しかもいいところを出た方がいいのは僕もわかっていました。
一応は成績が良く、コミュニケーション能力と人間関係構築能力が普通にあったなら、まあとんとんのところにはいけたと思いますが、肝心の人間関係がダメダメでした。
学校がきついところだったから、あと6年この学校に通わなければ駄目なんだと泣きたくなりました。
朝起きるのがつらくてつらくて、値を上げそうになるのを必死で根性でこらえていました。
それがもうダメダメになったのが、中学3年というわけです。
はじめて学校に行かないと決心したときの、うれしさ、ホッとした気持ちは、天国のようでした。自分の将来なんか考えなかったし、つらい日々からの解放がうれしかった。
親はまさか自分の子供が不登校になるなんて思わなかっただろうし、天地がひっくり返ったような騒ぎよう、あわてっぷりでした。
早くその嵐が収まって欲しいと願いつつ、でも決心だけは非常に固かった。
こうと決めたら、頑固な僕はてこでも動かなかった。
結局、僕の根気が親に勝った。

ちょうど不登校の問題が深刻化していたときだったから、親もフリースクールに通うならばいい、高校はちゃんと通いなさいということで、一件落着した。
中学に通う苦しさと惨めさを考えたら、親の小言なんてへっちゃらだった。
いくらでも巻き返しが聞くと、まだ15歳にもならない僕は楽観的に考えていたけれど、そんな甘い世の中じゃないとわかったのは、そう遠くない未来だった。

人間は堕落したらどこまでも堕落してしまう。
きついことを避け続けたら、もう障害に立ち向かう気力も勇気もなくなってしまう。
でも、当時の心が傷ついていた僕にそんなお説教はつうじないことは、よくわかっている。
ほんとうにきついのだから。
悪魔と手を結んでも、学校に通いたくなかった。

でもそれじゃぁ、未来は手に入れられないんだけど

次は不登校になってからの話を書きたいと思います
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


僕が不登校になってしまったワケ コミュニケーション能力の不足

2006/04/17 20:14
不登校といっても、十人十色の原因があるでしょうね
同じ仲間を見ても、神経症が原因だとか、親同士が仲が悪いから心を閉ざしたとか、精神的虐待のせいとか、いじめとか、担任の先生によってとか、人間不信とか、たくさんありました。
僕の場合は、人間不信という奴ですが、そもそもコミュニケーション能力が圧倒的に劣っていたから、という理由が一番しっくりきます。
集団生活たる学校で、まったくコミュニケーションがうまくいかないで、人間関係を作れなかったから、完全に浮いた存在になり、担任も僕をもてあましていました。
少数の友達はいましたが、親しいというよりは、ただつきあっていたというだけだったし、その他大勢のクラスメートからは、あからさまじゃないにしても、仲間はずれにされていました。
小学生の時からです。
物心ついたときは、活発だったそうですが、集団生活になじめず、どんどん人間不信になっていきました。

そもそも父親も母親も人に構えて生きてきたこともあって、そういう雰囲気のなかで育ってしまったので、開けっぴろげな性格になれということ自体無理でしょう。
なんでみんな仲良くやれるのか、さっぱりわかりませんでした。
コミュニケーションをとれるスキルも経験も無に等しかったです。
それがだんだん身に付くようになったのは、高校3年の夏でした。
学校に通ってない不登校野郎だったんで、17歳ですね。
そのときに、コミュニケーション能力を身につけることができるきっかけがありました。

もしなかったら、ずっと人間不信と、人間関係をまともに作れないまま、いじけて今に至っていたでしょうね。
人間がいるかぎり、コミュニケーションをとらなければいけない。
それができないと、地獄で生きているのと同じかも知れません。
僕の半生がそうだったし、今もたくさんの人が地獄でしょう。
だいたいコミュニケーション能力がある人が、ひきこもりになりようがないですからね。
人間がいるから関係をうまく作って生きなければいけない。
なのに、人間不信で生きていたら苦しいことばかりです。
そんな人生でした。
それに孤独になれていたつもりでも、孤独が楽しいわけはないです。
人間関係に苦しめられるより孤独に生きた方がマシといっただけです。

そう、この世はすべてコミュニケーション!!!
と、その能力ゼロだった男がこんなことを言うんだから、あたってます。
自信がありますよ
コミュニケーションをとるということは、相手がいるということですよね
だから、相手(人間)ってどんなものかよく知らなければいけないと思います
そういうことを身につけていったのが、不登校と神経症を克服させてくれた岩波先生のもとに通ったからです。
もともと不登校脱出、生きにくい自分を変えるために通っていたんですが、結局そこだ!と思い知りまして、人間関係をどうやってうまく作っていくか興味が移りました。
そのスキルがついていったとき、不登校からも抜け出せましたし、大学に遠回りながらも通うことが出来ました。
それに社会でばりばり働くことが出来たわけです。

一も二もコミュニケーション能力、三四もコミュニケーション能力。
それに尽きると思います。
僕が不登校になったのも、苦しんだのも、落ち込んだのもすべて、スキル不足でしたし、立ち直れたのも、それへの自信ですね。
営業職でバリバリ働くことが出来ているのもそうです。

だからこの世はすべてコミュニケーション能力! というわけです。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


元不登校児ねこすけからの挨拶─簡単な紹介─

2006/04/16 19:52
はじめてのブログです
ドキドキです。
言葉づかいは幼いと言われますが、社会人2年目です。

営業職で、東京を駆け回ってます。
とってもやりがいを感じる仕事で、世のお父さん方が仕事にやりがい、生きがいを感じないと嘆いているのに比べれば、幸せといえるでしょうね

そんな僕でも、実は不登校でした。中学の最後の方と、高校の最初以外全部、不登校でした。ついでにひきこもり状態になってしまい、すっかり外に出たり、社会に出ることが怖くなってしまいました。

今社会人でばりばりやれていると言うことは、つまり立ち直ったということです。
立ち直らせてくれたともいえますし、そんなこんなでとってもラッキーでした。
フリースクール通いから、スクールカウンセラーにお世話になったり、精神科の医者にも治療に行きました。
でも、どれも駄目で、絶望して、ひきこもり度が強くなり、どうしようもなかったときに、ちょうど親がDream Art Laboratoryの岩波英知先生のところに通わせてくれて、立ち直れました。
立ち直ったというより、とてつもなく強くしてもらいました。
トータルで考えれば、運がよい人生だと思います。
どん底の精神状態から立ち直れたんですから。
傷つくことはへっちゃらになりました。
へっちゃらということより、強くなれたので、一時的に落ち込んだとしても、乗り越えられる精神力はついたと思います。
人間関係も良くなりましたし、コミュニケーション能力は特に上達できました。
それに今は営業職で飛び回っているので、いい経験がどんどん身に付いているという感じです。

なんでコミュニケーションが苦手で、それが大きな原因で不登校児になった男が、立ち直れたかなど、ブログに書いていきたいと思っています。
ますは挨拶と紹介をかねて。

ねこすけ
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


月別リンク